第5話 黒魔術


 コレット様は、ここ最近あった馬車の脱輪事故についてアレックス様に話をした。


「その現場に、この釘が毎回落ちていて。だけど、馬車全体を調べても釘が抜けた跡もないし、そもそも車輪にこの釘を使用する事は無いんだそうです」

「なるほどね……。ちょっと、魔力を流してみてもいい?」

「はい、大丈夫かと。私がやると何も反応しなかったので、アレックス様がやるとまた結果が変わるかも」


 アレックス様は小さく頷くと、持っていた釘に魔力を流した。しばらくて、「ん〜」と小首を傾げる。


「何というか……。こう、分かりそうで分からない! 何か引っ掛かりがあるのは確かだな」と、眉間に皺を寄せて苦笑いした。


 アレックス様が持っている釘を、横からレオン様が覗き見た。ちなみに、アタシはレオン様のお膝の上に座って大人しくしている。

 レオン様はアタシの方は見てくれないけど、アタシを撫でてくれている。気持ち良くて、思わずゴロゴロいっちゃう……。


「アル、ちょっとソレ貸して?」

「ん? うん。はい」

「俺が見た方が、反応あるかも」

「ああ、なるほど。じゃあ、見てみて」

「ああ」


 レオン様はアレックス様から受け取った釘を右手の手のひらに乗せ、左手の指をパチンと弾いた。

 

「「あっ!」」


 コレット様とアレックス様の声が重なる。

 

 レオン様が指を弾いた途端、ほんの一瞬だけ釘の周りに膜が張ったような光が見えた。


「レオン、今のは?」とアレックス様が訊ねる。


「今のは、この土地の自然魔力を利用して、釘に残滓が無いか見てみたんだ。多分、黒魔術の一種じゃないかな。ガブレリアには無い魔術の気配だよ」

「黒魔術……」


 レオン様の言葉に、アレックス様が低く呟く。

 

 黒魔術は【東の魔女】と呼ばれていた人物が得意としていた術だと、コレット様から聞いたことがある。

 「黒魔術」というけど、悪いことばかりじゃないんだと教えてくれた。使い方次第で、良くも悪くもなるのは、どんな魔術も一緒だとコレット様は教えてくれた。


「この国で今、魔術が使えるのは魔女三人以外だと、そこまでの人数はいない。しかも、黒魔術が使えるだけの魔力がある人達も、そうそう居ないんじゃないかな……」


 アレックス様の言葉に、コレット様はテーブルの上の釘を真剣に見つめ、何かを考える様に黙った。


「コレット?」と呼ぶアレックス様の声に、ハッと顔を上げる。


「一人だけ……。もしかしたら、と思う人物が居ます」


 コレット様の言葉に、アレックス様とレオン様が「誰?」と声を揃え見つめた。


「西の地区で一番権力のある、クラーク伯爵です」


 最近やたらとコレット様を口説きに来る、あの男。

 ダレル・クラークは、バイルンゼル帝国内でも珍しく魔力量が多い人物だった。



 そして何より。


 クラーク伯爵家は、【東の魔女】であった今は亡きダリア様の遠縁であるという噂があった。


「それは……調べてみる価値は、ありそうだね」と、アレックス様がにっこり微笑む。その笑みのまま隣に座るレオン様に身体ごと向け、「レオン?」と声を掛ける。


 その声にレオン様の瞳が薄くなり、何とも言えない表情で「なに?」と小声で訊く。


「僕達の滞在期間は三日間しかない」

「ああ、そうだな。いつもと同じ日数だ。だから?」

「僕らは明日、東の地区へ結界を張りに行くから、レオンは釘の出処を調べてもらえるかな? ついでに、クラーク伯爵家についても、調べて貰えると助かるなぁ」

「じっくり、しっかり……明日、までに?」

「明日までに」

「今から……?」

「今から」


 有無を言わせない満面な笑みを浮かべるアレックス様に、レオン様はそれはもう深い深い溜め息を吐き出して、立ち上がった。


「わかったよ。行きゃぁ良いんだろ? はいはい、邪魔者は消えますよぉ。どうぞ、お二人はごゆっくりぃ」


 本当、最近のアルはアリス並みに神獣扱いが荒いんだよなぁとブツブツと何やらボヤきながら裏口から出て行った。


「レオン様お一人で、大丈夫ですか?」


 パタリと静かに閉まったドアを眺めながら、コレット様が訊ねる。


「大丈夫だよ。レオンは優秀だからね。明日までには、情報収集して戻ってくるさ」

「でも、レオン様は……」

「コレット……」


 コレット様の言葉を遮って席を立ったアレックス様は、ゆっくりコレット様の前にやって来た。そして、頬に優しく手を当てる。


「レオンは大丈夫だよ。それより久々に会ったんだ。僕が二人きりになりたいと思ってしまったことに、気がついて欲しいなぁ」

「あ……アレックスさま……」


 見る見るうちに顔から耳から首元まで、さっきのイチジクみたいに赤く染まっていく。見ているアタシまで赤くなりそう……まぁ、猫だからならないけど。


 これ以上はアタシもお邪魔かな。と、空気を読んで、足音を忍ばせアタシ専用ドアから外へ出て行ったのだった---。

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