第4話 愛しいお方


「う〜ん……」


 テーブルの上には、四本の長い釘が転がっている。

 コレット様は、テーブルの上に両腕を乗せ、重ねた手の甲の上に顎を乗せて、かれこれ二時間近く唸り続けている……。


『コレット様? この釘からは、何も出てこないんですよね?』


 アタシはテーブルの上に飛び乗って、片手で一本の釘をちょいちょいと触る。

 コロコロと転がり出す釘に、思わず心擽るモノがあったが、そこはグッと我慢っ!


「そうなんだけどねぇ……。でも、確かに何か魔力の感覚があった気がするのよ……」


 この釘は、脱輪事故の現場で見つけたモノだ。警邏隊のオルガルドさんにお願いして、借りてきた。アタシ達が釘に気が付いてから、他の事故現場でも釘が見つかっていた。明らかに不自然に毎回一本だけ見つかるので、オルガルドさん達も調べた様だったが、特別変な事もなく、ごく普通の釘だった。ただ、車輪に使用する事の無い釘が毎回ある事に不信感があったこともあり、もしかしたらコレット様なら何か手掛かりを見つけてくれるかもと期待も込めた上で、貸してくれたのだ。


 初めて人身事故があった脱輪事故後、三件の脱輪事故が続いた。

 そのうちの二件は大した事故にならず済んだが、最近起きた一件は、初めて人身事故があった時と同じくらいの怪我人が出たのだ。


「色々、術を試してみたけど、なぁんにも変わらないの。でもね、サーシャが見つけてくれた時、確かに何か感じた気がしたのよ……。だから、どうしても腑に落ちなくて……」


 コレット様はテーブルの上に置いた腕にコテンと首を傾げ頭を乗せる。そして、深い溜息から低い唸り声に変わる。


 アタシは再び片手でちょんちょんと釘を突く。追いかけたい衝動がウズウズする……。でも、我慢よっ!


「……サーシャさん? お尻がフリフリしてますよ?」


 アタシが釘で遊ぼうとしている事に気が付いたコレット様が、半目でアタシを見つめる。


「大事な証拠品かも知れないから、それで遊ばないで下さいね」

『……』


 アタシはパシパシと瞬きをし「ニャ」と短く声を出す。そして、誤魔化す様に窓の外を見ながら、テーブルから出窓へと飛び移る。

 すると、微かに心を擽ぐる気配を感じた。


 ん?! この……この気配はっ!!!


「ミャァーーーン! ニャァーーーーーーン!! ブニャーーー!!」


 あ、興奮のあまり、思わず豚バナになってしまった……。

 アタシは興奮状態で出窓の窓ガラスを前足でシャカシャカと擦る。


「え!? うそ!! でも、来るって連絡来てない……」


 アタシの態度を見てコレット様が慌てて椅子から立ち上がり、ふと自分の格好が気になったのか「やだ! 来るって知ってたら、もっとオシャレしたのに!」と言いつつ髪の毛だけ手櫛で整えると、すぐに裏口から外へ出て行った。アタシもそれに続いて家を飛び出す。


 コレット様の家の門の外は、青々とした芝生が広がっている。

 アタシとコレット様は並んで良く晴れた青空に目を凝らす。そして、その姿を小さく捉えると、アタシは我慢ならず叫びだした。


『きゃぁーーーーー!! レオンさまーーーーーー!!! ニャァーーーーー!!! スキーーーーー!!! レオンさまぁーーーー!!! レーーオーーンさーーーーまーーーーーツ!!!』


 徐々に近寄ってくる翼を持った黄金色の獅子様。

 堂々としたその姿が、家の前の芝生の上に降り立った。


 あぁ……アタシの初恋の殿方……。


 アタシの心をオンニャにした、レ・オ・ン・さ・ま♡


……ギャァーーー!! もおーーー! すーーきーー!!!


 コレット様がレオン様の背中から降り立った殿方へと駆け寄ると同時に、アタシはレオン様の大きな右前足に縋り付く。


『レオンさまーーー!! お会いしたかったですぅーーー!!! レオンさまぁーーー!』


 アタシが両手両足でレオン様の大きな腕にしがみつき顔をスリスリすると、レオン様から呆れた声が漏れ聞こえてきた……。


『……サーシャ……。相変わらず、やかま……ゴホン。元気だな、お前は』


 いま、やかましいって、言おうとなさいました?


 そう言いつつも、アタシを振り落とす事なく満足するまでスリスリさせてくれる優しいレオン様。


 もう、本当に大好き。お嫁さんにして欲しいっ!


『……まぁ、うれションしなくなっただけ、これでも落ち着いた方か……』


 ん? なんか言いました??


 レオン様が何かを諦めた様に失礼な事を言った気がするけど、そんな事はお構い無しにアタシはレオン様の腕をペロペロと舐める。


「コレット、久しぶりだね」

「アレックス様! 今日、いらっしゃると連絡は無かった気がするのですが……」

「ああ、本当ならブライアンさんが担当だったんだけど、急遽、僕に変更になってね。決まったのが出立の日だったから連絡も出来なくて。ごめん、突然で迷惑だったかな?」

「ううん……お会いできて、嬉しい……」

「うん……僕もだ」


 そう言うと、アレックス様はコレット様をその腕の中に包み込んで、唇を重ねた。



 アレックス・ランドルフ様。

 ガブレリア王国のフィンレイ騎士団に所属している騎士様で、事情があって左眼に眼帯をしている。

 コレット様の恋人だ。

 月に一度、バイルンゼル帝国へ東の地区の結界を強化するためフィンレイ騎士団の面々が交代制でやって来る。アレックス様はそれ以外にもバイルンゼル帝国との友好の為に尽力されているから、担当月でなくても会議などで月一回はこの国へやって来るのだ。その時は、必ずコレット様の元へも立ち寄る。

 ただ、普段なら少なくとも三日前に前触れが必ず来て、コレット様とアタシは一緒に浮かれながら、その日を待つのだ。が、今日は珍しく前触れ無しだった。





 キッチンの前にあるテーブルに着席すると、アレックス様が足元に居たアタシを抱き上げる。

 

「サーシャ、久しぶりだね。お? なんか、久々に見るとサーシャの瞳の色が濃くなっている気がするんだけど。コレット、濃くなってるよね?」


 アタシの顔を覗き込んで、キッチンに立ってお茶の用意をしているコレット様に向かって、嬉しそうな声を上げる。

 盆に茶器を乗せてやって来たコレット様は、「ええ、随分とアレックス様の色に近くな ったんです」と笑う。


「だいぶ、魔力も安定して来ましたし、サーシャの瞳の色は、これで変わらないと思います」


 コレット様の言葉にアレックス様は再びアタシを見つめ「そうか」と頷いた。


 そう。アタシは、アレックス様より紫色が濃い菫色と水色の瞳なのだ。

 最初、アタシを拾った時のコレット様が、アタシを見て「運命」と言ったのは何故だろうと思っていた。でも、アレックス様に初めて会った時、アレックス様が「僕とお揃いだね」と言って笑ったのをみて、そういうことかと理解した。


「コレット、この果物は食べられる?」


 裏口のドアを開けて顔を出したのは、人間の姿になったレオン様!!


 はぅ……しゅてきしゅぎる……。


「あ、レオン様、それはまだ熟して無いから、食べると渋いだけですよ。今朝採ってきたイチジクがありますよ。いま出しますね」

「本当!? ありがとう、コレット」

「いえいえ、少しですけど」


 レオン様は一旦、外へ出てから再び裏口から入って来た。

 バイルンゼル帝国には、ガブレリア王国に無い果物が多いらしく、果物が好きなレオン様は毎回何が食べられるかと楽しみにしている。

 ワクワクしたお顔が、またステキなの。はぅ……。


「俺、イチジクって初めて食べる。どうやって食べるんだ?」


 レオン様が皿の上に置かれた雫の様な形をした赤い果物をまじまじと見つめる。その隣で、アレックス様も不思議そうにイチジクを眺めている。

 どうやら二人ともイチジクを知らない様だ。


「これは、こうやると二つに裂けるので……。このまま齧り付いても良いですし、スプーンで掬って食べても良いですし。皮は食べずに、中の赤い部分を食べるんです。プチプチして甘くて美味しいですよ」


 コレット様が食べ方を説明すると、二人は早速イチジクを食べ始める。アレックス様はスプーンを使い、レオン様は齧り付いた。


 はぅん……かっこいい……。


「これは旨い! 食感が良いね! 気に入ったよ!」


 レオン様が嬉しそうに言うと、コレット様が「お口に合って良かったわ」と微笑んだ。


 穏やかな時間が過ぎていく中、イチジクを食べ終えたアレックス様がテーブルの上に置いたままだった釘を一本手に取り「ところで、これは何?」とコレット様に訊ねた。


 コレット様は「あ、それは……」と、少し困った様に眉を下げ、アレックス様に脱輪事故の事を話し始めた。

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