第2話 迷惑な客人
またしてもノックも無しに勝手に裏口のドアを開ける人物が……。
「やぁ、西の魔女殿」
コレット様は小さく息を吐くと作り笑顔で振り向いた。
「あら、おはようございます。クラーク卿。今日はどうされたのですか?」
クラーク卿と呼ばれた男は、片方の口角だけ器用にあげて嫌な笑みを浮かべる。
アタシ、コイツ嫌いなの。
やたらとコレット様に馴れ馴れしいし。
「イヤだなぁ、魔女殿。俺の事はダレルと呼んでくれと伝えているだろ?」
「お断りしましたけども」
「そう言って照れているだけだろ? 【正式な魔女】になる前は、あんなに顔を赤くして俺を見つめていたくせに」
一歩ずつゆっくり近寄る足音。アタシはコレット様を守る様に前に立ちはだかり、ダレルを睨み付け背中の毛を逆立てて体を膨らませる。
ダレル・クラーク卿。二十八歳。焦茶色の髪に緑の瞳。痩せてはいるけど、長身で整った顔だ。アタシの好みじゃ無いけど。
伯爵で西の地区では一番権力を持っている家だ。昨年、父親を亡くして爵位を受け継いだらしい。殆どが、先代の実績でダレルはなーんにもしていないのに。なのに偉そうなの。
それに最近、やたらとコレット様に絡んでくる……。
「今日はどういったご用件でしょう? 特に用がないのでしたら、お帰りください。私はこれから、往診へ行かなくてはいけませんので」
コレット様は少し棘のある声で言いながら、出掛ける支度をしだす。その声を無視して、ダレルはキッチンへ視線を向けた。
テーブルには今朝採ってきた果物や野菜が並んでいる。
「今から朝食を食べようとしていんだろ? 何をそんな急いで出る必要がある?」
ダレルはコレット様の目の前に立つと、艶やかな赤髪を一房掬い口付けをする。
コレット様がキツく睨み付けてもお構いなしにニヤリと口角を上げ卑しく笑う。
何も出来ずにコレット様はグッと拳を握る。
この国で魔女は爵位とは関係無く、上位貴族と同等の扱いだ。だけど、この伯爵に関しては少々厄介で、コレット様は手出しはせず、いつも堪えている。
「用件を」
「まぁ、そう急かす事はないだろ? 久々に年寄り達もおらず、俺と君、二人きりなんだ」
普段、コレット様の朝食が済む頃、なだらかな丘を登ってお爺さん、お婆さんがコレット様の薬を貰いにやって来るのだ。
通常、コレット様はお年寄りの家には往診へ行き、週三回だけ街の中に構えている小さな薬局で薬の販売をしている。だけど年寄り達は「なだらかな坂を登るのは良い運動になる」と言って家までやって来る事も少なくない。
「なぁ、西の魔女殿。そろそろ意地を張るのをやめて俺の妻にならないか」
「それは何度もお断りしております」
「好いた男がいるとかいうヤツか?」
ニヤリと厭らしく笑みを浮かべるが、目は笑っていない。
「確か、ガブレリア王国の騎士だったか」
コレット様の足元で、ずっと威嚇し続けるアタシをコレット様がそっと抱き上げた。まるで「勇気をちょうだい」というみたいに。
「ガブレリア王国と我が国では法も異なる。我が国なら爵位の無い魔女でも貴族と婚姻を結べるが、隣の国は違うだろ? しかも向こうの騎士殿はかなり優秀で重要な立ち位置だと耳にする。それに……」
ダレルはコレット様の顎に手を当て上を向かせる。コレット様はグッと顎に力を入れて抵抗して見せるが、そんな事はお構いなしだ。
「もし、本当に恋人同士であったとしても、その先は望めないだろう……。魔女殿はこの地からは離れられない……。違うか?」
魔女であるという事。
それは、この国に一生を捧げる事でもある。
コレット様は唇をキュッと結び、何も答えずにいた。僅かに震える身体が、アタシに伝わって来る。アタシは「大丈夫!」という気持ちを込めて、コレット様の胸に額を擦り付けた。
コレット様が一番言われたく無いこと。コレット様自身が、そんな事は痛いくらいよく知っているのだ……。それでも、アタシはコレット様の気持ちを想うと、あのお方を諦めてほしく無いって思う。だって、あのお方は……。
「魔女殿、現実を見るんだ。何も強がる必要はない。少なくとも、つい最近まで貴女は俺を好いていたろ? だったら……」
ダレルがコレット様の顎に手を当てたまま顔を近づけようとしてきたのと同時に、またもや裏口から慌ただしく人が入ってきた。
「コレットちゃん! 大変だ!」
息を切らせて入って来た人物は、この街の中心部の入り口にある
「オルガルドさん、おはようございます! どうされたんですか?」
コレット様はダレルの手を退かし、素早く離れてオルガルドさんに近づく。
「今、街の入り口近くで乗合馬車の脱輪があったんだ」
「乗合馬車が脱輪? 街の入り口で?」
コレット様は驚いた顔をして復唱する。
乗合馬車は頑丈に出来ている。長距離を走るうえ道の悪い場所も乗り越えられるよう出来ているからだ。それが道も整備された街の入り口付近で脱輪など、何があったのか驚くばかりだ。
「乗合馬車に乗っていた人数は適正だったが、荷物が多かったんだ。それで重さに耐えきれなかったんだろう」
朝イチの乗合馬車は長距離を移動する人も少なくなく、荷物もそれなりに積まれる事がある。だが、それだけで脱輪するような事は今まで無かったはずだ。
「怪我人は?」
「周辺に居た人も含めて八人だ。そのうちの一人が馬車の下敷きになって動けないでいた」
「わかりました、急ぎましょう」
「急ぐなら俺の馬車に乗って行けばいい」
先程まで黙っていたダレルが言う。だが……。
「いえ、結構です。私には箒がありますから」
「たいして速度も出ない下手な飛行より、馬車の方が確実だ」
コレット様が【正式な魔女】になってからの飛行を知らないのであろうダレルは、鼻で笑う。
「……あいにく、今の私は【正式な】魔女ですから。飛行速度も上がりましたので、どうぞご心配なく。そんな事より、私は家を空けますので、どうぞさっさとお帰りくださいませ」
その返答にダレルがクッっと眉間に皺をよせ、それ以上に声をかけて来る事は無かった。
ダレルとオルガルドさんが家から出ると、コレット様は家に施錠をした。
コレット様はアタシを抱えたまま、何処からともなく箒を現して、空高く飛び上がった。
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