番外編

コレットさんは大忙し

第1話 西の魔女の一日


 バイルンゼル帝国・西の地区---


 小高い丘の上。

 家を囲む様に高木が立ち並んでいるため、遠くから見ると家がある様には見えない。

 そこが、西の魔女コレット様のお家。


 ある日の朝のこと。


 夜明けと共にコレット様のお仕事が始まる。朝日を浴びながら庭の草木に水遣りをし、陽の当たる場所にテーブルを設置すると、綿布を広げ、その上に昨日摘んできた薬草を広げ乾燥させる。

 その間に魔法で洗濯物を洗い干し終わると、裏の森へ行って薬草を摘み、ついでにその季節の果実も捥いで来る。それらをザッと水洗いし乾燥させ、やっと朝食の準備を始めるのだ。


 そんな朝から働き者のコレット様のお家のドアを、ノックも無しに開けて入って来た人物がいた。


「コレットちゃん! 朝早くからすまねぇ!」

「あら、ジェフさん、おはようございます」


 コレット様は驚きもせず、無礼な男を咎めもせず、にこやかに挨拶をした。

 アタシは不機嫌に男を睨み付けたが、男はアタシを無視して……この、アタシをっ!! 無視してっ!!! 


 ゴホン……。失礼。取り乱しました。ふぅ。あら、やだ。アタシったら! 自己紹介を忘れてましたわね!


 皆さま、初めまして。アタシはコレット様の使い魔。毛足は短いけど高級絨毯のようにふわふわな銀灰色の猫、サーシャでございます。

 コレット様との出会いは、アタシが生まれて二ヶ月半頃に冒険へ出て見たら、お母さんや他の兄弟から逸れて迷子になって。心細くてミャーミャー鳴いていたら通りすがりの意地悪な鳥イジメられて。危うく目を突かれそうだった所を助けて頂いたのです。


 コレット様はアタシを助けて抱き上げると、とてもビックリしてアタシを見つめました。そして……。


「……これは、まさしく……運・命……」


 そう呟くと、アタシに【使い魔】にならないかと誘って下さったのです。最初【使い魔】ってなに? とよく分かってないアタシに「家族になる事だ」と説明してくださいました。


 アタシの見目は、銀灰色の短い毛並み。そしてコレット様が驚いて一目惚れした左右違う色の瞳……。



 ……あ、ちょっと待っててくださいね。


 

 おい、こら! ちょっと待て! そこの男っ!! 何勝手にレディの部屋に入って来てるのよっ!!! 止まりなさっ! 今すぐっ!! おい、こらぁ! 聞いてんのかぁ!!!



 ……男は、アタシを跨いでお部屋の奥へズカズカと入って行った……。


 男が入って来たドアは、リビングに直結したドア。所謂、家族専用のドアで、お客様用ではない。

 その事にも気に入らないアタシは、コレット様の前に立ち、男を鋭い目付きで見上げる。

 男はアタシに目もくれず、男の腕の中でグッタリとした男児をコレット様に見せる様に身を屈めた。


「コレットちゃん! ウチのカイが昨晩から発熱したんだ! 様子を見ていたんだが、朝になっても下がらねぇ。すまねぇが診てくないか」

「それは大変! ひとまず、そこのソファに寝かせてください。すぐに診ます」


 男はコレット様の指示に従い、ソファの上に男児をそっと寝かせた。

 

「ジェフさん、何故、夜のうちに連れて来てくれなかったの?」

「……あんまり遅い時間だったし、さすがにコレットちゃんに悪いと思ったんだ。それに、一晩様子を見たら治る事もあるかと……」

「こういう時は遠慮しなくて良いですから、これからは具合が悪くなったと分かったら、すぐに来てください。処置が遅くなって悪化してしまうと、治るものも治らない場合もありますから。何時でも構いませんから、来てくださいね?」

「……すまねぇ。わかったよ……。それで、カイの様子はどうだい?」


 コレット様が目を閉じて小さく詠唱し、手のひらを男児の頭の先から足の先までを包む様な仕草をした。その後を追う様に、柔らかな朝日みたいな光が男児を包み込み、父親が「ほぉ」と感嘆の息を吐き出す。

 コレット様は治癒や浄化に長けていて、その魔法の柔らかな光と温かさはコレット様のお人柄も少なからず影響していると、アタシは思っている。


 魔法の光が男児の身体に吸収されるかの様に消えていくと、先程までの荒い呼吸がゆっくりに変わり、顔色も落ち着いてきた。

 コレット様が立ち上がり、リビング奥の部屋から道具箱を持って戻って来た。ソファの前に座り直すと道具箱から熱測りを取り出して、男児の脇の下に挟んだ。

 コレット様が小さな声で数を数え、六十まで数え終えると熱測りを取り出した。


「うん。これだけ下がれば大丈夫ね。季節の変わり目だから、風邪を引いたのでしょう。まだほんの少し高いけど、二、三日安静にしていれば治りますよ。お薬を出しますから食後に飲ませてあげてください」


 それを聞くと、父親は心底安心した様に息を吐いた。


「コレットちゃん、すまねえなぁ。ありがとう。支払いだか……」


 父親が言いづらそうに支払いについて口にすると、コレット様はそれに被せる様に話を始めた。


「これからの季節、ジェフさんの所では梨が採れますよね?」

「へ? あ……ああ、そうだな……そろそろ収穫できるよ」

「なら、梨を一箱分頂きたいです。それが治療費でどうですか?」


 コレット様がにっこりと愛嬌のある笑みを浮かべると、父親は困惑した様な表情で目を瞬かせた。


「そんなんで良いのかい……?」

「はい! 私の大切なお友達に梨好きな方が居るのです。その方にもジェフさんの美味しい梨を食べて欲しくて! 私もジェフさんの梨が大好きですから、それが嬉しいです!」

「あ……ああ、わかった。わかったよ。ありがとう、コレットちゃん……」

「いえ。では、お大事に」

「ああ、ありがとう。本当にありがとう」


 父親はすやすやと眠る男児を抱き上げると、家へ帰って行った。


『コレット様、本当にお代は貰わなくて良かったんですか?』


 アタシが遠退いていく父親の後ろ姿を見ながら言うとコレット様はアタシを抱き上げて「もちろんよ」と頭を撫でた。


「ジェフさんのお家に、もうすぐ赤ちゃんが産まれるの。そしたら、たくさんお金が掛かるし、それにジェフさんのお家の梨はバイルンゼル帝国いち美味しいのよ? サーシャも食べてみたら、きっと気に入るわ」

『はぁ……』


 コレット様は、いつもそう。

 平民からはお金は取らず物々交換みたいに、その家が得意な何かを対価にもらう。時には、お腹も満たされない、形にも残らない【歌】だったり【踊り】なんかを見聞きして終わらす事だってある。

 でも貴族からは、しっかりと金銭でやり取りをしている。たまに値切ってくると分かっているケチな貴族には最初から高額を伝えて、値切って来たら正規の金額を提示してしっかり貰う。

 そういうところは、コレット様の良いところだ。


 こうしたやり取りは、コレット様が目標としている人を真似ているのだと言っていた。子供の頃から慕っていたという今は亡き【東の魔女】様がそうしていたのだそうだ。

 アタシは【東の魔女】様は知らない。

 でも、コレット様が目標としているのだ、きっと素敵な魔女様だったのだろうと思う。


 一年前に不在となった【東の魔女】様の後継者は、今はまだ決まっていない。だから、東の地区へコレット様や他の魔女様達が持ち回りで東の地区に出向いて守っている。だけど、魔女達三人では間に合わない事もある。その為に、頼もしい助っ人がいるのだ。

 

 その助っ人は月一回、この国へやって来る。コレット様とアタシが、心から楽しみにしている助っ人様……。



 はっ!! この臭いは!!!


「フグゥーーーー!!! シャァーーー!!! ミギャァーーー!!!!」


 突然、アタシが奇声を放ったのだった。


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