第148話 最終話 未来へ(後半)


 報告書という名の始末書を書き終えた私は、アレックスと共に王宮へ向かった。

 フィンレイ騎士団の皆さんにも迷惑をかけてしまったので、謝りに行かなくてはと……。だけど【アレックス】がアリスであった事を知るのは、エバンズ団長とロブさんだけだから、わざわざいう必要も無いのかなと思ったけど、アレックスが「ちゃんと言いなさい」と据わった目で言うので、ちゃんと謝る事にした。


 騎士団へ行くと、皆さんが暖かく迎えてくださった。アレックスが拐われた後、実は私が【アレックス】として討伐を一緒にしていたのだと、正直に伝えた。「騙す様な事をして、すみませんでした」と頭を下げると、驚いた事にマーカスさん以外、みんな何となく気が付いていたと言った。


 カーター副団長は、私が皆さんに治癒魔法を掛けながら援護していた事に気が付いていたと。


「アレックスは、治癒魔法は苦手なはずだし、今までそんな事はしてなかったからね」と美しく微笑んだ。


 それに合わせ、ブライアンさんが「新しい魔術を使う率が一気に上がったし、何よりオリバーのアルに対する過保護が過ぎた」と笑った。


 そしてレイモンドさんは……。


「仔猫ちゃんと同じ香りがしていたから」と、妖艶な笑みを浮かべた。

 その途端、エバンズ団長が素早く私とレイモンドさんの間に立って、レイモンドさんの視界から私を隠した。


 それらを聞いてマーカスさんは「なんで誰も教えてくれなかったんだよ!!」と騒いでいた。


 もっと元気になったら、また新しい術を教えて欲しいと皆さんに言われ、思わず涙が出るほど嬉しかった。


 認められたんだって。そんな気がして。


 帰り際、ハルロイド騎士団のザッカーサ団長とすれ違ったが……。相変わらず嫌味を言ってきたので無視してやった!

 でも……。ザッカーサ団長も命が危うかった様だから、元気になって良かったとも思う。ハルロイド騎士団の団長は、今のところ彼以外考えられないから。

 通り過ぎた後、何となく振り返るとザッカーサ団長が私を見ていた。その瞳は、とても柔らかく優しい笑みで。それを見て、私もにっこり笑みを返した。

 



 あと、変わった事といえば……。

 最近我が家に新しい仲間が増えた。


 レオンのお祖父様であり、お父様と主従契約をしてくれた神獣のラファエル様。


 お父様は、アレックスにラファエル様を人の姿にする術を教わって実践したところ、ラファエル様は殊の外、人の姿が気に入った様で、よくレオンと共に王都の街を散策したり、お父様とボードゲームをしたりと人の姿を満喫している。


 ただ、ちょっと困った事がひとつ。

 お父様に教わったボードゲームが、とにかく強くて……。お父様では相手にならないと言って、ボードゲームを持ち歩いては家中の使用人やら護衛騎士やらを捕まえ、対戦をするのだ……。一旦、捕まると、終わるまで解放されず……ラファエル様が負けると勝つまで挑まれるという……。最近は、ラファエル様に勝った事がある皆が、ラファエル様の姿を見かけると隠れるという技を身につけてしまった。

 もちろん、私も捕まって対戦した事があるが、ラファエル様は先読みが長けていて、すぐに負けて以来、幸か不幸か誘われ無い……。

 


 そんな日々を過ごしながら、私の体調もだんだんと良くなり……更に時が経ち……。



 半年後---



 ガブレリア王国側・フェリズ山脈の麓。



 私とアレックスはルイスの墓地に来ていた。

 レオンとオリバー様が一緒に来ていたが、馬車で待機している。


 アレックスが白い花束を添えて、墓石に刻まれたルイスの名前を指先でなぞる。


「あの時、貴方が僕を助けてくれたんですよね? それとも、ギデオンさんと二人で、かな?」


 アレックスが語りかけると、サァッと柔らかな一陣の風が通り過ぎた。アレックスの頬を撫でるように過ぎた風に、それが答えだと受け止めるように微笑む。


 アレックスがダリアの依代を破壊する際に、自分以外の力を感じたのだと言っていた。きっと、その時の事を言っているのだと、私は黙って斜め後ろに立ち、その様子を見ていた。


 あの日以来、アレックスの左眼は薄水色に色を変え、魔眼は発動しなくなった。その代わり今まで見えなかった精霊や妖精が見えるのだから、魔眼より良いと、アレックスは笑った。


 【地底に棲む者】に目を抉られてそうになった時に付いた瞼の傷をアレックスは殆ど治癒せず、そのままにしていた。傷痕を残す事でルイスやギデオンの事はもちろん、何より、人間の身勝手で姿形を変えられ、人間で無くなってしまった【地底に棲む者】達を忘れないでいたいと言った言葉に、私は何も言えなかった。

 家族以外の前では傷痕は隠さず、瞳の色もそのままに過ごすけど。


 公の場や仕事へ向かう時は、美しい顔に眼帯が付けられ、念のため瞳の色を魔術で青紫に変えている。


 敢えて傷痕を消さなかったアレックスに対し「これでは婚姻が遠退く!」とお父様は言ったが、アレックスは気にもしなかった。


「そもそも僕はアリスと一緒で、婚姻そのものに大して興味が無いんだ。それに、心配しなくても僕には決めた子が居るから、その子以外なら結婚などしなくて良いと思っているくらいだ。大体、傷があるからといってどうこう言う令嬢など、こっちから願い下げだ」


 今まで悪態を吐くことのなかったアレックスがこんな事を言うものだから、お父様だけで無くお母様まで、口をあんぐりと開けて呆然としていたっけ。その後、があったと気が付いた時、二人から「その決めた子とは、どこのご令嬢だ!」と迫られて逃げ回っていたっけ。

 お父様は、まさか西の魔女であるコレットの事だとは思ってもいないみたい。

 まぁ、コレットの事は国同士の事もあるから、まだ状況が整うまではアレックスも言えないものね……。


 ただ、これだけは「絶対」と言い切れる。


 相手がコレットだと知ったら、誰一人反対などしない。それどころか、侯爵家全員、使用人も含めて全員が祝杯をあげるだろう。


 私が一人そんな事を考えていると、アレックスが立ち上がって振り向いた。


「もう良いの?」

「うん、もう大丈夫。さ、行こう。レオンが待ってる」

「オリバー様もね?」


 すると、アレックスは何とも言えない複雑な表情をした。


「ねぇ、アリス。本当に団長と婚約するつもりなの?」

「婚約するかは、まだ分からないわよ。今はだから」

「団長はお試しと思って無いと思うけど……。あの人が義兄弟かぁ……」


 アレックスは「悪い人では無いけどさぁ」と唸りながら腕を組む。その様子に、こっそり含み笑いをしてしまう。


 そう。私は今、オリバー・エバンズ団長様と、をしているのだ。

 エバンズ団長は、私が目を覚ましたと聞き、すぐに侯爵家へ訪れてお父様に許しを貰い、私に求婚をして来たのだ。

 数ヶ月とはいえ、ずっと一緒に過ごした日々の中で、私は確実にエバンズ団長を認め……。ううん。正直に言えば、確かなる好意を持った。

 この人となら、この先の未来が楽しいものであると想像出来る。互いを尊重し合い、愛し合える。そんな風に感じるのだ。


 ただ……天邪鬼な私は、素直に求婚を受け入れずに「お試しでお付き合いしましょう」と申し出ていたのだ。自分でも、なんて素直じゃないのだろうって思う。けど……今は、この関係性が心地よい。だから、もう少しだけ。恋人同士を楽しみたい。


 アレックスにエバンズ団長の良いところを、あれこれ話しながらその場を去ろうとした時だった。

 背後から日の光の様な温もりを感じ、二人同時に振り向く。


 それは、ほんの一瞬だった。


 ルイスとギデオンの墓の前に、アレックスに良く似た男と背の高い男……。


 ルイスとギデオンが昔のフィンレイ騎士団の正装姿で並んで立ち、微笑んでいた。


 少し強い風に目を閉じて、再び目を開けた時には、その姿が消えていた。

 私は隣に立つアレックスを見ると、アレックスも私を見ていた。


「「見た?」」

「「見た!」」


 私達は姿が見えた場所へ視線を戻す。


「「また来ます!!」」


 声を合わせて叫ぶ。届け! と思いを込めて。


 顔を見合わせ微笑み合い、どちらからとも無く手を繋いでレオンとオリバー様の待つ馬車へと歩き出した。


 手を繋いで戻ったらオリバー様が発狂するかな? なんて思ったけど、この手を離すつもりは無い。これからも、この先も、ずっと。

 

 ぎゅっと握るとアレックスも握り返す。


 その手の温もりに、生きてるんだと実感出来る。その事に込み上げるものがあるけど、気が付かない振りをして歩いていく。

 


 これからも、この世界には魔獣が現れるだろう。私達は彼等が守ろうとしたこの国を、この世界を、守っていくんだ。

 そしていつの日か、人間同士の争いがない世界を目指して……。

 地底に棲む者達のような、悲しい生き物を生み出さない世界へ。


 今日も私たちは、今を精一杯に生きていく。








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