エピローグ

第147話 最終話 未来へ(前半)


 ガブレリア王国---



 よく晴れた昼下がり。



 私はランドルフ侯爵家の私室で報告書を作成していた。

 私が【アレックス】としてフィンレイ騎士団に潜入していた間にあった出来事を全て書き出し、国王陛下に提出しなくてはならないからだ。


 所謂、始末書だ、と……アレックスに言われた……。



 ……うん。わかってる。そうよね。うん。



 最後の一枚を書き終えると、私は深く息を吐き出した。一度、全てに目を通し読み終えると「よし」と小さく頷く。報告書の内容に相違ない事、そして私が書いたものであるという証明として名前を書き記し、手を翳す。

 口の中で詠唱し、陣を描く。

 何人たりともこの報告書を改竄かいざんできない様にするためだ。陣の輝きが消えると、私は安堵の息を吐いた。


 それを見計らった様に、部屋のドアが叩かれる。


「どうぞ」

「アリス、起きてて大丈夫? 調子はどう?」


 アレックスが騎士服を着て部屋に入ってきた。

 昼過ぎになると、事後処理などで忙しい最中、わざわざ私の様子を見に一旦家に帰って来てくれるのだ。


「アル、ありがとう。もうだいぶ楽になって来ているわ」

「本当? 無理してない?」


 アレックスは、私の頬に手の甲を当て、自分の頬にも同じ様に手を当てる。熱を比べている様だが、自分と変わりなかったのか、小さく微笑んだ。


「コレットさんのお薬のおかげかも。日中は、昼寝せず起きていても疲れなくなってきたもの」

「そうか。それは良かった。また、コレットに頼んでおくよ。もう暫くは、飲んでいた方が良いだろうから」

「うん、ありがとう。アル」


 私が目を覚ましたのは、争いが終わってから二週間以上経ってからだった。


 その間、様々な出来事があったようで、時々アレックスから、どんな事があったのか、ひとつひとつ、ゆっくり教えてもらっていた。


 バイルンゼル帝国軍の攻撃は、ルベイの町と北の砦までで抑える事ができ、王都までの襲撃は無かった。

 お父様の風魔法により、ガブレリア王国の上空に分厚く掛かった雲を払い、【地底に棲む者】達が消滅すると、どういう事かバイルンゼル帝国軍の兵士達が動きを止めたのだという。

 それについては、バイルンゼル帝国のリカルド皇太子曰く、【地底に棲む者】達の洗脳だったのだろうとの事だった。彼等が消え、その術が解除されたのだろう。その証拠に、どの兵士達も自分達が何故ガブレリア王国に居るのか、何をしていたのか等、記憶がない者が多かったのだそうだ。一部、覚えている者も居た様だが、それは上層部の人間であって、一介の兵士達は分かっていなかった。


 そして何より驚いたのは、バイルンゼル帝国の皇帝が亡くなって居たそうだ。それも、白骨化した謎の死だったという。バイルンゼル帝国の宰相の報告によれば、ガブレリア王国との戦いが始まったであろう時刻に、突然玉座から前のめりに倒れ、駆け寄った時には既に白骨化して亡くなっていたという。

 これについては、南の魔女ダレンシアンさん曰く、恐らく【地底に棲む者】が側について居た時点で亡くなっていたのだろうと言っていた。亡くなった後、別の者の魂を入れていたのか、皇帝が飲んでいた薬にも関係があるだろうと。だが、その薬も消えてなくなっており、今となっては調べる事が出来ないほど、何の痕跡も無かったのだという。

 新たな皇帝として、リカルド皇太子がその座に就いた。あの方なら、きっと再び両国が友好国として縁を繋ぐ事が出来るだろう。実際、今、その方向で両国が歩み寄り、話し合いをしていると聞いた。

 ちなみに、我がランドルフ侯爵家と魔女の三人は、個人的にやり取りをしている。なんせ、私の命を助けてくれた人々だからだ。

 きっと、リカルド様ならバイルンゼル帝国を良い国にしていく。私はそう思う。


 そして、もう一つ。私が驚いたことがある。

それは、私自身に起きたこと。


 私達が【氷の間】で【地底に棲む者】と戦ったとき。

 私が光魔法を放った瞬間、私の瞳の色が変わっていたのだと、アレックスとレオンが言った。

 どうやら、魔眼が開眼していたらしいけど、それ一度きりで、その後は何も起きていない。

 レオンがいうには、アレックスの魔眼も私の魔眼も、【菫青石の宝珠】と言われるだけあって、角度によって色が違って見えたそうだ。

 それを聞いた時、ルイスの記憶を見た時の彼の瞳の色を思い出して「あんな感じだったのか」と他人事の様に思った。


 魔眼なんて、もう出なくていい。


 だって、魔眼持ちが現れるのは、災いが起こる前触れだと、ルイスの記憶で知ったから。災いを阻止する為の存在として魔眼持ちが現れると言われても、やはり魔眼なんて出ない方が良い。その方が、平和である証拠なのだから。そう思った。


 あの時、【地底に棲む者】が消えてすぐ、私が倒れ、アレックスは焦ったそうだ。私の魔力切れを心配して魔力を分けようとしたものの、自分も魔力がそれほど残っていなかったので分けられなかったのだと。

 それなのに、今私が無事に生きている理由は、妖精達のおかげだった。

 雪の妖精をはじめ、多くの妖精は元々ルイスを気に入っていたそうだ。氷の精霊様がいうには、私とルイスの心根が似ているから、妖精達は私を気に入って助けたのだろうと言った。

 私がセオデンに胸を射抜かれた時も、コレットさんと一緒に助けてくれたのは妖精達だったそうだ。

 

 その影響もあってか、私は普段の妖精達の姿は見えないけど、気配は感じ取れる。妖精達が魔力を最大に使おうとしている時は、輝きが見えるけど。それ以外の時は、気配だけ。精霊様については、妖精よりも魔力が強いせいか、姿を見ることが出来るし話も出来るけど。どちらにしても、とても嬉しい事だ。

 もう少し元気になったら、ナリシアさんに会いに行って、氷の精霊様にもお礼を伝えたいと思っている。


 ナリシアさんといえば、私達が【地底に棲む者】を消滅させてすぐ、アレックスの魔眼を使ってギデオンさんの胸に刻まれた刻印を綺麗に消してくれた。そのおかげで、ギデオンさんはガブレリア王国へ帰る事が出来たのだが。

 アレックス曰く、刻印は相当、強力なものだったそうだ。なかなか消えず、魔眼を持ってしてもナリシアさんも苦戦していたとか。

 魔眼がなかったら、何年も消えなかったかも知れないと聞いて、ゾッとした。ダリアや【闇の王】が消えても、もしかしたら【地底に棲む者】がまだ残ったいたらと考えた時、消えて本当に良かったと心から思った。


 【闇の王】である【影の精霊】の依代については、お父様から「破壊された」と聞いた。誰が、どの様に破壊したのかまでは、わからないと言っていたけど。


 アレックスはダリアの依代であるブローチを破壊した際、ダリアの記憶を見たのだと言って、話を聞かせてくれた。それを聞いた時、なんとなく私の予想では、東の魔女ダリアの依代であったブローチと対になっていた事を考えると、片方が壊れたらもう片方も壊れるのではないかと思った。それだけ想いが強い大切なものだったのだから、連動していてもおかしくないと考えたのだった。


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