第144話 地底に棲む者(アレックスside)


 【氷の間】から出ると、唯ならぬ気配を全身に感じる。

 剣に魔力を込める。


「隠れてないで、出て来たらどうだ!」


 静まり返った薄暗い空間に、二つの黄色い光が見て取れた。

 僕は自身に防御魔法を掛け、剣を構える。

 足音も無く暗闇から現れたのは、ダリアの依代の記憶の中で見た男だった。

 【地底に棲む者】と呼ばれていた、人間の姿に良く似た生き物だ。


『……王ヲ、カエセ……』


 僕は、僅かに口角を上げる。


「話せない振りをするな。お前は、言葉が堪能だろ?」


 僕の言葉に動揺したのか、男はギョロリとした眼を更に大きくし、すぐにそれを細めた。


「……何故わかった」

「……強いといえば、声、かな」

「声……」


 ダリアの記憶の中で、淀みなく会話していた男が数名いた。その内の一人の男は、他の【地底に棲む者】より声が特徴的であった。

 透き通る清水の様に澄んだ声。見目と余りにかけ離れた美しさに、僕の記憶に残っていた。


「見目と違い、お前は声が良い」

「……ふっ……。声か……」

「お前達だろ。全ての元凶は」


 男はギロリと睨み付ける様に僕を見ると、ゆっくりと歩き出した。右へ左へ。落ち着きなく僕を見ながら、何かを思案する様に。僕はその視線から逸らす事なく睨み返す。


「いつから気が付いていた?」


 男は歩きながら訊く。


「……ダリアの記憶を観た。事あるごとに、お前達の存在が側にあった。その中で、【影の精霊】に【闇の王】になる様に掛け合っていたのが、お前のはずだ。この何百年と続く出来事には、お前達が常にいる。ダリアや【影の精霊】が元凶じゃ無い。お前達が、影の精霊の親子を巻き込み利用したに過ぎない。お前達の目的は何だ」


 僕の返答に、ふんっと鼻で笑う。


「たったそれだけで、よく勘づいたな……」


 地底に棲む者と呼ばれるだけで、その名は存在すらしていない。誰一人、彼等の名を呼ばず、彼等もまた、名乗らずにいる。彼等の存在そのものが、謎だった。その僕の思考を読み取った様に、男は相変わらず左右にゆっくりと歩きながら話を始めた。


「……オレ達は、だった」


 その一言に眉間に皺を寄せると、男は「どういう意味だって顔だな」とせせら笑う。


「そのまんまの意味だ。オレ達は人間として生まれ、名もあり職業もあり、家族もいた……。もう何百年も前の話だ。今じゃ、自分の名前も家族の顔すら思い出せない。ただ、覚えているのは、オレがだ。オレは人間だった頃、吟遊詩人だった。あちこちを旅して、この土地へ辿り着いた。オレは、ある貴族に気に入られて、その家の娘と結婚する様に言われた。それを断っただけで、牢獄へ入れられたのさ」


 卑屈に笑う男を、目で追いながら黙って話の続きを聞いた。


「その当時、この国は出来たばかりだった。近隣の国は魔法が当たり前に使える人間ばかりの中、この国の民は魔力を有していない者の方が多かった。今よりもだ。近隣の国へ攻め入る為に、魔力を持った者が必要だ。その為にはどうすればいいか。この国は馬鹿げた考えを思いついた。囚人を使って人体実験をしたのさ。魔力を使える人間を創り出そうとな。地下牢に閉じ込め、陽の当たらない場所で薬剤を幾つも飲まされ、巨大なガラス瓶に入れられ、薬漬けにした。そうしてのが、オレ達だ。囚人には、学の無い者も多くいた。何の罪も犯していない者すらいた。オレだって、ただ結婚を拒んだだけだった……。理由なんざ、何でも良かったのさ。人体実験をする為に、何かしらの理由を付けて牢獄へ入れ、実験を繰り返す。……そしてオレ達は、色んな薬の影響で魔力をで使える様になった」

「違う方向?」


 思わず疑問を口にすると、男は鼻で笑う。


「オレ達の魔法の特徴は治癒の反対、発病だ。何がどうしてそうなったのやら。実験していた奴らも分かっていなかった。ただ、オレ達と接している研究者達が次々と病気になり死んでいった。敵も味方も関係なく殺すオレ達の力を恐れたのは皇帝だった。皇帝は実験を中止させた。そしてあろう事か奴らは実験は失敗だったと、オレ達を地下に閉じ込め抹殺しようとしたのさ」


 僕は、その痛ましい話に険しい表情のまま、耳を傾けた。


「だが……。幸か不幸か、オレ達は死ぬ事は無かった。ある時、オレ達が閉じ込められている地下牢に魔獣が迷い込んで来た。魔獣が入って来るという事は抜け道があると気が付いたオレは出口を見つけた。だが、太陽の光に触れた途端、身体が灼ける様に痛み、爛れだした。もう、陽の光の下を生きる事すら出来なくなったのだと分かった。こんな事なら、いっそ死んでしまいたいと思ったさ。だが、こんな身体にした奴らが許せなかった。この痛みも苦しみも怒りも何もかも。人間の身勝手な欲望の為に、オレ達は【人ならざる者】にされた。オレ達は復讐を誓った。それ以来、オレ達は魔獣を狩って食べて生き延びた。魔獣の毒素はオレ達には効かなかった。寧ろ酒の様に心地よいものだった」


 ふと、男が歩みを止めた。そして僕の後ろ。【氷の間】の奥を見つめる様に、遠い目をした。


「そんな風に、復讐の機会を待っていた時だった。【影の精霊】の愛する人が、醜い人間に殺された。【影の精霊】の悲しみは、地下牢にまで流れ込む程の深いものだった。オレは考えた。【影の精霊】を味方に付けようと。オレ達は日の下を歩く事は出来ない。だが、【影の精霊】の力によって世界を闇で覆えばオレ達は生きていける。狭苦しく空気の悪い地下牢から自由に外で生きていける。そして何より、オレ達は人間に復讐をする為に生き延びてきた。大切な人を殺された【影の精霊】の力があれば、オレ達の目的を果たせると考えたのさ。そして、【闇の王】として迎入れた。だが、それも志半ばで、オレ達の王は殺された……」


 黄色い瞳が、僅かに揺れる。暫し黙る男を見つめ、僕はゴクリと生唾を飲み込んだ。


「王が、奥方のネックレスに魂を移した事に気が付いたのは、幼いダリア様だった。それからオレ達は、大切にダリア様をきたのさ。共に復讐を誓い、人間をこの世から消し去る。そして、正常な世界にする。その為に、いつの日か王の力に見合う人間が見つかれば、その人間の身体に魂を移し、王を蘇らせる。そう約束をして」

「ダリアの魂をブローチに移したのも、お前達か」

「オレ達は知恵を与えただけだ。王の娘だ。魂をブローチに移す事は造作も無いだろうと。それから、オレ達はダリア様が復活するのを待った。鴉から、ダリア様と良く似た容姿の娘が東の魔女の家に生まれたと聞いたとき、やっとこの時が来たと歓喜したものだ。成長を待ち、その魔力を確認する事にした。オレ達は長い間何もせず待っていた訳じゃない。色々な魔術を編み出した。その多くは黒魔術と呼ばれる類いだ。そのうちの一つを使って、竜巻を起こし、ダリア様の器に見合うかを確認した。現れた魔女は、まさしくダリア様の生き写しだった。魔力も十分。これなら、殺す事なくそのまま魂を移し替える事が出来ると思った。お前ももう知っているだろ。予想通り、上手くいったよ」


 楽しげに口角を上げて話す男を見て、僕は腹の底から怒りが湧いて来た。

 ダリアの最期を思い出す。どれほど苦しんでいたか。どれほど、悔やんでいた事か……。


「上手く行っただと? ダリアは、善意ある良き魔女だった。それを強引に捻じ曲げたのは、お前達だ。彼女がどれほど苦しんでいたことか!」


 僕は魔力を込めた剣を振り払った。空気が切れ、閃光が男に向かって飛んでいく。

 男は素早く前転してそれを避けた。


「ああ、弱い女だった。ダリア様の依代であるブローチを壊される等と、あってはならない事を。こうなれば、そこにいる王の器となる男を使うしか無い。その為には、お前のその【菫青石の宝珠】が必要なのさ。王を復活させるために、協力をしてくれないか……なぁ、この哀れな人間もどきのために……」


 男は厭らしい笑みを浮かべ、ゆるゆると立ち上がり、スッと僕の瞳に向かって指差した。


 僕は再び剣に魔力を込め、構えた。

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