第141話 終末


 ルーラの森での封印を終え、ルイス達は再びフェリズ山脈に戻って来た。ギデオンが眠る【氷の間】の前に。


 ナリシアが氷の精霊に渡された物は氷の結晶で、父親である氷の精霊の魔力が籠っていた。ナリシアに氷の精霊の血が通っているからこそ使える物で、転移陣が無くても元居た場所へ戻れるものだった。


 ルイスは【氷の間】の前に立ち、無数に描かれた魔法陣を黙って見つめた。

 ひとつ、ひとつ確認するかの様に、じっくりと。


「せめて、東の魔女の事だけでも、誰かに伝えられたら良かったが……」

「……どこかに依代があるかも知れぬと残せば、いつか良からぬ事を考える者が現れて探し出すやも知れぬ。少しでも復活に繋がる事は、避けた方がいい。風の精霊王殿も、そう考えての事だろう」

「……そうだな……」


 ナリシアの言葉に、ルイスは深く頷く。


「だが、我々の間では話が出来る。秘密を一人で抱え続ける事ほど、心憂い事はない。精霊王殿の優しさやも知れぬな」

「優しさ……。ははは、そうかも知れんな……。ならば、ナリシア」

「なんだ?」

「秘密を抱える事が辛くなったら、ナリシアに会いに来ても良いか?」


 ルイスの問いに、ナリシアは薄っすらと笑みを浮かべた。


「ああ、構わぬ。この場所で会おう」

「どう、知らせをしたら良い?」

「知らせずとも其方が来たら、私には感じ取る事が出来るから安心しろ」

「感じ取る、とは?」


 ナリシアは自分の左眼を指差して微笑むと「精霊の加護は、誰にでもあるものでは無い」と言った。

 その言葉にルイスは納得し「そうか」と笑みを浮かべ目を閉じた。



***


 ルイスはフェリズ山脈の洞窟を出てすぐナリシアと別れ、空を仰いだ。雲一つない澄み渡る青空を見上げたその時、本当に全てが終わったのだと、実感した。


 フェリズ山脈を下山しリバーフェリズの森へ出た時、フィンレイ騎士団の仲間達が事後処理を行っていた。


 ルイスの姿を見た仲間達は、死人が現れたと言わんばかりに驚いていた。

 彼の姿が消えた後、魔獣の大群が現れたが、すぐに消えたと話し、皆は魔獣の大群を彼が全て滅したのだと思っていた。そしてその姿を捜しても見つからない事から、ルイスが死んだものだと思っていた。


 ルイスが生きていた事に泣いて喜び、そして左眼の色が変わっている事に、魔力を使い果たしたのかと心配をした。ルイスはまだ自分の瞳の色を見ていない為、どんな色に変わっているのか分からないながらも、皆を安心させる為にも笑顔を作り大丈夫だと言った。


「魔眼の力は使い果たして無くなったが、大丈夫だ」と言うと、皆どこかショックを受けた様に顔を強張らせた。だが「命があった事の方が重要だ」との副団長の言葉に、皆頷き合った。


 王都に戻り初めて自分の瞳を見た時、一人、静かに涙を流した。その色は、ギデオンの瞳の色と同じだった。


 夜の帳が下りる頃の空の色。


 ルイスはよく、ギデオンの瞳をそう評していた。

 

 濃紺の瞳。


 ナリシアや精霊達の粋な贈り物なのでは無いかと考えた。

 少しの時間しか関わっていないが、ナリシアの事だ。こういう事をしそうだと容易に想像できた。もしかしたら、パッと見た目に違いがない色を考えただけかも知れないが、それでもルイスは前者の粋な贈り物であると思う事にした。


 ガブレリア王国へ戻ると、戦争も終結していた。

 国王陛下に面通りを願い出てから一週間後。ルイスは陛下と一対一で話す事が出来た。

 ギデオンが亡くなった事は伝える事が出来たが、どの様にどんな事があったかはもちろん、封印の事を伝える事は出来なかった。だが、風の精霊王に教えられた【知恵の女神】について伝えると、国王陛下は驚きつつも「それを何故知っている?」と声を落とし訊ねた。「ルーラの森に棲む風の精霊王から伝えられた」と答えると、全てを把握した様に黙って頷いた。

 陛下はギデオンの事を認めていたこともあり、この結末に遣る瀬無い気持ちを隠す事なく涙を浮かべていた。


 後日、国王陛下に呼び出されたルイスは、陛下が【知恵の女神】からガブレリア王国に起きた出来事を知らされたと言った。


「この度の出来事について、王族以外門外不出の内容として後世に継がれる書物のみに記し、秘密は厳守する」と誓った。


 それを聞いて、もしかしたら陛下はギデオンの死の理由も理解したのでは無いかと考えた。すると、陛下はリバーフェリズの森でルイスが魔女と対峙し消えた所までは知る事が出来たと答えた。そこまで分かっているのなら、この聡明な陛下の事である。きっと全てが分かったのであろう。それが陛下の憶測であったとしても、きっと限りなく正解の答えを。だからこそ、秘密を厳守すると誓ったのだろうと理解した。


 王族のみに伝わるその書物には、闇の魔術を研究し続けたギデオンに【闇の王】という二つ名が記されたという。


 そしてこの日を境にバイルンゼル帝国との協定は破棄され、以後何百年経っても関係が改善される事はなかった。



***



 あの日以来、ルイスは一人フェリズ山脈へ何度となく足を運び、ギデオンの眠る氷の壁の前に座り、心の中で会話をした。そしていつ現れるか分からないナリシアの為にセシルが作った焼き菓子を手土産に持って行き、彼女に会えた時には、それを手渡していた。

 ナリシアは相変わらず無表情ではあったが、セシルの菓子を食べる時は表情が柔らぎ、二人は暫しの時間会話を楽しんだ。



 ギデオンや東の魔女が消えたからといって魔獣が出現しなくなったわけでは無く、相変わらずリバーフェリズの森には魔獣が出現している。フィンレイ騎士団は後世にも引き継がれ、その歴代の団長の多くはランドルフ侯爵家から輩出された。だが、魔眼を持った者は、長いこと現れる事は無かった。


 ルイス・ランドルフは、七十歳というその時代ではかなりの長寿でこの世を去った。


 ルイスの死は、ルーラの森の中で倒れているのを猟師に発見された。

 猟師が言うには、倒れたルイスの身体の周りを沢山の柔らかな光が幻想的に舞っていたという。眠る様に穏やかな表情で旅立ったルイス・ランドルフの葬儀は親族のみで執り行い、その遺体は生前本人が希望していた通り、フェリズ山脈の麓に埋葬されたのだった。



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