第139話 加護
ナリシアは魔眼に向けて杖を振ると、青紫と銀色の混ざった光が、ギデオンの入った棺と台座を包み込む様に広がっていった。ナリシアが呪文を唱え始め、その呪文に再び白い光の雪がギデオンの棺を囲む様に舞い始めた。
「もう大丈夫だ」
ナリシアがそういうと、ルイスは隣に近寄った。
氷の棺はルイスの魔眼の色である青紫色と金色銀色と、氷の精霊による白い輝きに水色のが混ざり、光の角度によっては虹色にも見え、とても美しい。
「これで、ギデオンはもう安心して眠れるのだな?」
棺に片手を置き訊ねる。
「少なくとも、其方と同じ青紫の魔眼を持った者が悪用しようとしなければ、半永久的に大丈夫だ。今、其方は触れているが、他の者は何人たりとも触れる事すら出来ない」
「そうか……。なら大丈夫だ。僕の子孫に、そんな人間は現れないよ」
「さぁ、それはどうかな?」
「ふふ。……この場所やこの出来事について言い伝える事は禁忌とする。最低限、王族にだけ伝える必要はあるだろうけど……」
「子孫には伝えないのか?」
「正直、伝えて行くべきだという事は、分かっている。けど……これは、僕とギデオンだけの記憶に留めたい。誰にも知られる事なく、ここでギデオンが安らかに眠れるように……」
ルイスの凪いだ心でそう言えば、その横顔を見つめていたナリシアは、寸秒考え、口を開いた。
「……この空間に何人も入れない様、入り口にも術を施すことにしよう。父上、お手伝い願えますか」
ずっと黙って様子を見ていた氷の精霊に顔を向ける。
『ああ、手をかそう』
「ありがとうございます、父上」
「何故、そこまでしてくれるんだ……?」
先程まで敵意を剥き出しにした相手に、何故。
『なに、精霊達が其方を気に入った。精霊は美しい物が好きだが、相手が人間であればその人間の心の底を見る。其方がそれに足る人間であった。ただ、それだけだ』
「父上の言葉の通りだ」
「ナリシア……氷の精霊殿、心から感謝する」
「平穏は私達も望む事だ。気にするな。暫く二人きりで最期の別れをしろ。私達は入口で待つ」
ナリシアの言葉に感謝をすると、ルイスはギデオンに向き合った。半透明な棺の中、眠っている様に見えるギデオンに、ルイスは心の中で語りかけた。二人だけの会話を。誰に聞かれるわけでも無いと分かっていても、誰にも聞かれたく無いという思いで。
「ナリシア、ありがとう」
「もう良いのか?」
「あぁ……」
短く返事をし、ギデオンの棺を振り返る。
青紫と金銀に輝く色を目に焼き付けた。
ナリシアは【氷の間】の扉前に立ち、何も無い空間に杖を振る。先程の棺の台座が現れた時の様に、今度は巨大な氷の壁が、扉の前に現れた。その氷の壁にナリシアは幾つかの魔法陣を施す。ルイスを見遣り「其方も好きなだけ陣を描け」と言い、自分の立っていた場所を退いた。
ルイスは防御や壁の強化だけで無く、存在を気にしなくなる陣や万が一見つかったとしても大丈夫な様に反撃の陣など満足行くまで幾つも重ねて描いた。
「魔眼が片方無くなったのに、今までとほぼ変わらない……それに、魔力切れ近かった筈なのに、身体も楽だ……」
魔力が半減している上、魔眼が片方だけとなったら効力が弱くなったり、一度に大量の魔法を使うことで完全に魔力切れが起きたりするのかと思っていた。しかし、その疑問にナリシアが「当たり前だ」と答えた。
「精霊達が其方を回復させていたではないか。父上も言ったであろう? それに、其方の今の瞳は魔眼に匹敵するだろうよ。なにせ、精霊の加護が宿っているからな」
「えっ! そうなのか!? じゃあ、さっき氷の精霊殿が言っていた贈り物とは……」
「そうだ。加護の事だ。まぁ、良かったのか悪かったのか、私には解らぬが。少なくとも、魔眼を欲していた東の魔女であったら、抉り取ってそのままにされていたであろう。そう思えば、悪くは無いのでは?」
その言葉に、確かにダリアならそうしていただろうと思う。この場で出会ったのが、北の魔女で良かったのだと、ルイスは心からそう思った。魔眼を対価だと言いながら、ギデオンを封印する為に使い、精霊達が行った事はとは言え、加護の瞳を与える事を止めなかったのだから。
「ナリシア、心から感謝する。ありがとう」
「気にするな」
ナリシアは僅かに口角を上げ笑みを見せたが、それはすぐに消える。そのまま振り返り「父上」と後ろで終始黙って見守っていた氷の精霊に顔を向けた。
「【氷の間】の扉に鍵の陣をお願い出来ますか?」
『分かった。ルイス、と言ったか。其方も掛けるか?』
その誘いに、ルイスは小さく笑みを浮かべ頷く。
【氷の間】の扉には、三人によって様々な陣が描かれた。最後には、魔眼で無ければ開かない様に、氷の精霊が大きな陣を描いた。
『この陣は、バイルンゼル帝国側の扉にも施しておこう。其方達は、早くそのネックレスを持って【ルーラの森】へ向かいなさい』
氷の精霊が指差す先に、いつの間に木箱に入ったネックレスがそこにあった。
『その木箱であれば、ナリシアが触れて大丈夫だ』
「ありがとうございます、父上」
「ありがとうございます、氷の精霊殿」
ゆっくり目を閉じて頷く氷の精霊は、ナリシアに視線を向けた。
『ナリシア。帰りはこれを使いなさい。ここへ戻って来る』
ルイスからは良く見えなかったが、氷の欠片の様な透明な何かを手渡していた。
「わかりました。ありがとうございます、父上」
『さぁ。二人を【ルーラの森】へ送り届けよう』
ルイスとナリシアは、氷の精霊の魔法によって、ルーラの森へ向かった。
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