第136話 焼印


 ギデオンが王国を去ってから、たった一度だけルイスの元に差し出し人の無い手紙が届いた。

 王宮内にあるルイスの執務室に、誰かが置いていった手紙であった。


 手紙の中には数枚の白い紙と「魔女対策」とだけ書かれた紙のみ。白い紙には特殊な魔法がかけられていた。


 魔眼でなければ中を読む事は出来ないものだったため、魔眼を使用した時点で、この手紙がギデオンからの物だと、すぐに分かった。


 黒魔術は闇の魔術に似通っていると、以前ギデオンから聞いていたルイスは「魔女対策」の一言で、その手紙にある内容が黒魔術を無効化する物だと理解した。

 ギデオンがルイスの為だけに発案した魔術。ただし、魔力の半分以上を消費する為、ルイスにも危険が伴う魔術だ。使うなら一度きり。この一撃を外せば後は無い。


 彼女が魔女かどうかは分からない。だが、黒魔術を操れるなら、魔女かどうかは関係ない。ルイスは迷う事なくダリアへその魔術を放ったのだ。


 金銀色の焔が凄まじ勢いでダリアを包み込み、耳を塞ぎたくなる様なつん裂く叫び声が響き渡る。


 ダリアの身体は外壁が崩れていく様に徐々に剥がれ出し、燃えて消えていく。最期に手がルイスへ伸ばされたが、ルイスに届く前に跡形も無く燃えて消えた。


 焔が消え、しんと静まり返った空間に、ルイスは力無くガクリと地面に膝を付いた。荒く肩で息を切らせ魔力の半分以上が無くなったのを感じながら、ダリアの消えた跡を見つめた。


 終わった。


 なのに、胸の奥にポッカリと空いた穴がある。自身の胸に拳を当て、項垂れる。暫く息を整え、気持ちを切り替える様に勢いよく立ち上がると、ギデオンに歩み寄り顔にかかった髪を退かし、その頬に手を当てる。


 胸の焼印に目を向けると先程より色が薄くなっている様な気がして、よく見ようとシャツを剥いだ。首には青い石の嵌ったネックレスが掛けられている。さっきまで、あっただろうかと考えるが、思い出せない。焼印の色が強烈で目に入っていなかったのかもしれない。それは、焼印の真ん中に位置する様に誂えられた様にも見えた。そのネックレスを避け、焼印にそっと触れてみる。

 先程は赤黒く見えていたが、今は薄茶色で明らかに薄くなっている。どういう事かと訝しんでいると、背後から何者かの気配を感じ取り、すぐさま剣を構えた。


「人の子よ。私は其方に危害を与えるつもりは無い。剣を納めよ」


 白い煙と同時に現れた人物にルイスは目を凝らした。




 現れたのは、白のローブを纏った人物。銀色のストレートの長髪に、その髪の色に溶け込む様に白い肌と薄い氷の様な水色の瞳をした、線の細い年齢不詳の女だった。

 感情の読み取れない無表情の顔。冷たく見下ろす瞳。ルイスは身構えたまま、女の様子を伺う。


「私の名は、ナリシア。この国の北の魔女だ」


「北の魔女……」小さく呻めき剣を握り締めると、身体が微かに震える。魔力切れが近いからなのか、恐怖からなのか、怒りによる武者震いなのか、最早それすら分からない。


「なんだ、魔女の存在が怖いか。たった今、この国の東の魔女を倒しておいて」


 東の魔女。その言葉に、やはり、と思った。ギデオンは帝国へ行く際に、ダリア自身が魔女だと知っていたのだろう。だが、彼女の企みには気が付かなかった。何かのきっかけで企みに気づき自身を囮にしたんだ。きっと、それを阻止しようとして。あの手紙を送って来たのは、万が一、自分の身に何か起きた時の為に送ってきたのだろう。ルイスにだけしか読めないように。そう思うと、何もかもが腑に落ちた。


「……ここはガブレリア王国では無いのか?」

「まぁ、半分はガブレリアではあるが、ここはバイルンゼル帝国側だ」

「半分がバイルンゼル帝国……という事は、ここはフェリズ山脈か……」


 ルイスが独りごちると、ナリシアと名乗った魔女が一歩足を進めたため、ルイスは直ぐに意識を魔女へ戻した。


「そう構えるな。危害を加える気はないと、先程も申したであろう。その男の様子を見てみたい」


 その申し出にルイスはギデオンの身体を守る様にその背に隠す。


「何のために?」

「……我が同胞の後始末の為だ。私は其方の国や其方と争う気は無い。興味も無い。しかし、我が支配圏内で勝手に行われた争い。巻き込まれて迷惑しているくらいだ。……で、その男に焼印はあるか?」

「……薄くなってはいるが、ある」


 ナリシアは一つ頷くと、やはりな、と独りごちた。


「その印を見せては貰えぬか? 調べたい事がある」


 ルイスは一瞬迷い考えたが、本人が言っている通りナリシアからは敵意を感じ無い事から、その言葉を信じてみる事にした。ギデオンの焼印が見えるように服を捲りネックレスを退かす。ギデオンの身体から少し離れると、ナリシアはゆっくりと近づきその場に跪く。


 「今から触れて確認をする。一瞬光るが、確認のための術だ」


 ナリシアは律儀に説明をし、シャツを捲り焼印に触れる。宣言通り、一瞬白い光が現れたが、すぐに消えた。ギデオンから手を離し、隣に立つルイスを見上げる。


「この陣は、謂わば呪いだ。この者の心臓はもうこの身体には存在しないが、この身体は朽ちる事がない」


 ナリシアの言葉に、ルイスは息を飲んだ。

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