第135話 死闘


 どのくらい時間が経ったのか。ギデオンの身体から身を起こした時、背後から嫌な気配を感じ取った。


 来たか。


 この世で一番憎い声が、空間に響く。


「涙のお別れは済んだかしら?」


 ルイスはゆっくりギデオンの身体を床に寝かせ、立ち上がる。


「あら、せっかく苦労して作った魔法陣を壊してしまったの? まぁ、ギデオンの魔力はほぼ回収出来たから良いけれど」


 ダリアは大袈裟にため息を付きつつ言う。


「何のために、彼にこんな事を……」


 ダリアは腕を組み、何かを考える様に指先ポンポンと動かす。その指が止まると「まぁ、いいわ。教えてあげる」と口角を上げた。


「どうせ、あなたもここで死ぬんだから。最期の願いくらい、聞いてあげるわ。私は優しいから」


 ルイスは何も言わずに鋭い視線をダリアに向け続ける。魔眼で見つめ続けているというのに、ダリアはなんて事ない顔をしている。


 この女は、相当な魔力を持っているのだ。


 ルイスは不意打ちがあったとしても、すぐに対応出来るように、手に握る剣に魔力を送り込んだ。


「その男には、になってもらうのよ」

「器?」

「そう。器。私の父の……【闇の王】の魂の入れ物になってもらうの」

「父親? 闇の王……? 魂の入れ物とは、なんだ」


 【闇の王】とは、ガブレリア王国でのギデオンの二つ名だ。それとダリアの父親がどういう関係だというのかと、ルイスは困惑気味に訊ねる。それを感じ取ったのか、ダリアはふっと笑った。


「【闇の王】は、私のお父様のことよ。この世界の誤りを正すための王。……人間に殺されたのよ。父も母も。父は魔力持ちに殺されけど、母は魔力もない無能な人間に殺された。この世界の人間は、みんな屑。魔力の微塵も無い者ほど、偉ぶって、傲慢で、利己的で。そういった人間を一掃して、にするのよ?」

「……魔力の無い者を殺して何になる」

「そりゃあ、調和を保つためよ。この世界の均衡は、魔力の無い無能な人間によって乱れているわ。魔力のある者だけになれば、世界は美しく生まれ変わる。闇の中にある光。闇の中にある、美しい物だけで、この世界を満たすの。もちろん、あなたも生かしてあげる。あなたは最高に美しい魔力を持っているものねぇ?」

「……死んだ者は蘇らない。お前の父親も母親も、もうこの世には居ない。その事を受け入れろ」

 

 静かな声で諭すように言うルイスに、ダリアは鼻で笑った。


「あなたが知らないだけでしょ。死者は蘇るわ。

「人は死を迎えれば、魂も消えてなくなる」


 ダリアは口元を歪め、ふん、と鼻で笑う。


「なんだ……あなたもつまらない屑の人間と同じなの? 自分の知らないことは、全て否定する。ついさっき、あなたはギデオンのしていたのにね。少し、生かしておいても良いかなと思っていたけれど。やっぱり、やめたわ。あなたも殺してあげる。この、私の手で」


 何を言っているのだと、ルイスは困惑する。魂と会話とは、一体なんなのだ、と。

 憐れむような表情で小首を傾げるダリア。その瞳は、何の感情も持ち合わせていない虚無だけが、そこにあった。


「お前は、狂ってる」

「ふふ、どうとでも。さぁ、お喋りはお終い。早くギデオンにお父様の魂を入れなきゃいけないの。ギデオンったら全然、を空け渡してくれないから困ってたのよ。あなたを連れてきて正解だったわ。やっと、


 その言葉に、ルイスは嫌な予感だけがした。ギデオンは利用されるだけされて、殺された。その事に強い憤りを覚え、腹の底から湧き立つ怒りの塊は、徐々に脳天へ向かう。


「お前だけは、絶対に許さない……」


 静かな怒りが篭る声。ゆっくり目を閉じて、呼吸を一つ。再び両の目を開けて相手を睨み付ける。


「別に貴方に許されたいとは思っていないから安心して良いわ。そうだ。お父様が蘇った時のために、私は貴方のその【菫青石の宝珠】が欲しいのよ。最初はね、ギデオンではなく、あなたを欲しいと思ってガブレリア王国へ向かったのよ? でも、闇の魔術を操れるギデオンが、お父様に少し似ていたのよ。しかも【闇の王】だなんて、お父様と同じ二つ名まで持って。これは運命だと思ったわ。魔力も申し分ないし、彼にしたけれど……。でも、やっぱりその瞳も惜しいわ。それに……それさえあれば、ギデオンはこの先ずっと

「……どういう意味だ……」


 この女は、まだギデオンを酷使するつもりだと分かると、先程から湧き出る怒りで全身が熱くなるのが分かる。


「ここまで話してて、まだ気が付かないの?」


 本当に愚かな人間そのものね、とダリアは独りごちる様に言うと、スッと細い指先をギデオンに向けた。


「その男の胸を見てみなさい。私との愛の証が刻まれてるのよ? 死してもなお、私のモノであるという証拠」


 その言葉に視線だけをダリアに向けたまま、そっと腰を下ろす。ギデオンの破れたシャツ越しに胸元にサッと目を向け、ルイスは息を呑んだ。


 胸の中心。心臓に近い部分に魔法陣らしきものが焼印されていた。恐らく、ギデオン自身の意思では無いだろう。無理矢理、焼かれたものだと、ルイスは思った。


「ギデオンのその身体には、もう心臓はない」

「なに!?」


 だが、ルイスはそれは嘘だと思った。先程まで会話が出来ていたのだから。

 その思考を読み取ったのか、ダリアは笑う。


「心臓が無くても、魂がまだ宿っていれば、会話なんざいくらでも出来る。お前が会話していたのは、ギデオンのさ。心臓は無くなったというのに、自分が死んでいる事にも気が付かず、魂がいつまでもその身体に居座って退かなくてねぇ。だが、お前に会った事でギデオンの最後の願いは叶えられた。魂はやっと消え去ってを迎えた。やっと、お父様の器となったのさ」


 笑いながら話すダリアは声を低くし口調まで変わる。言葉が、言葉に聞こえなくなる。一体、この女は何を言っているのだ。

 ルイスはギデオンの痛ましい胸にあるその痕に、怒り心頭になり奥歯を噛み締め、呻く様に声を上げた。


「ダリアァァァァーーーーー!!!!」


 魔力が流された剣を思い切り薙ぎ払い、素早く立ち上がると相手に隙を与えず次々と術を繰り出す。

 不気味な笑みを浮かべながら、凄まじい速さで防御を続けていたダリアが赤黒く染まる禍々しい魔法で攻撃をして来た。その色は先程見たギデオンが縛られていた魔法陣の色のその物だ。


「黒魔術か」と独りごちると、ダリアのその余裕な笑みにルイスもニヤリと片方の口角だけを上げた。


 ルイスは最大限の魔力を込め、渾身の一撃をダリアに放った。


 その一撃はダリアの想像を絶するもので、防御魔法が一切効かない。

 何故なら、その魔術はギデオンが編み出した黒魔術を無効化し、攻撃する為の術だからだ。


 この魔術は魔眼を持ったルイスにしか使う事の出来ないものだ。


 ルイス宛に届いた、ギデオンの最後の手紙。

 それは、魔女を殺すための魔術についてだったのだ。


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