第134話 永訣
「ッ……」
肩で息を切らせ全身痛む身体を起こし、ギデオンの方へ目を向ける。もう赤黒い光も禍々しい魔力の気配もない陣の中心に、磔柱に括られたままのギデオンが脱力し頭を垂れたまま動かないでいた。
ルイスは剣をしっかり掴み直し、ゆっくりと立ち上がる。飛ばされた時に足首を痛めたのか力が入ると激痛が走り、顔を歪めた。
素早く治癒魔法を掛け、ギデオンに走り寄る。
「ギデオン……」
陣に剣先を当て、念のため何も起こらないのを確認をしルイスは陣の中へ入った。
ギデオンの手を拘束している手枷に触れると、魔力が吸い取られる様な感覚を覚え、すぐに離す。
しかし、剣の柄頭で強く手枷を打つと、あっさりと崩れ落ちた。
もう片方の手枷も足枷も同じ様に破壊する。
磔柱に括られた縄を切り落とすと、ギデオンがルイスの身体にドサリと覆いかぶさる様に倒れ込んだ。
ギデオンを抱え陣の外へ運び出し、二人はその場に崩れる様に倒れ込んだ。
ルイスは倒れたギデオンを仰向けにし、上半身を抱き上げ、軽く頬を叩く。
「ギデオン、しっかりしろ! 目を覚ませ!」
反応のない身体にルイスはゾッとし、必死に呼び掛け、肩を揺さぶり続けた。
治癒魔法を掛けながら、魔力を送ろうとしたが、この状態でもし魔力の相性が合わなければ、今のギデオンでは耐えられないかも知れないと、ルイスは思い留まったその時。
「ッ……ルイ……ス……」
「ギデオン!」
「ルイ……すまな……か……た……」
薄く開いた瞼。
殆ど動かない唇を見つめ、次の言葉を待つ。
「……わた…、もう、だめ……だ……たのむ……とどめを……さし……く……」
ルイスは魔眼の瞳を大きく見開き、大粒の涙を零しながら「ふざけるな!」と怒鳴った。
「ギデオン! お前は生きて! 僕と共に帰るんだ! これは団長命令だっ! 死ぬな! ギデオン!!」
上から頬に落ちてくる温かい涙に励まされる様に朦朧とした瞳で、青紫に金銀の光を宿した瞳を見つめ返す。
ギデオンは力を振り絞ってルイスの頬に手を当てた。
ルイスはその手をぎゅっと握り、自分の頬に押し付ける。ぼろぼろと涙を流し続けるルイスに、ギデオンは安堵した笑みを浮かべ、囁く。
「ありがとう……ないて、くれて……」
浅い呼吸を繰り返す。意識が徐々に遠退いて行きそうなのを、ギデオンは堪えた。
大切な言葉を、伝えなければ。その一心で。
「はぁ……はぁ……ルイス……すまない……もう、時間が…ない……」
「ギデオン!」
ふと、息を漏らし笑うと、ギデオンは続けた。
「わたしを……みとめて…くれて……ありが……と……」
その先の言葉を続けようとして、ギデオンは大きく咳き込み吐血をした。
「ギデオン!」
「ルイ…ス……」
「もういい、話すな!」
ギデオンは、薄く微笑みを湛えたままルイスの瞳を見つめる。この世で一番美しいと感じた、金色銀色の光が宿る青紫の瞳。
菫青石によく似たその瞳を、誰かが【菫青石の宝珠】と呼んだのを、ギデオンは全くだと思っていた。
その瞳を遠退く意識の中で見つめる。
「ル…ス……きみ……しん…ゆう……だ……」
「ッ! ……あぁ、僕達は親友だ。唯一無二の親友だ! だから、僕の側に居てくれ……死ぬな……頼む……」
嗚咽が漏れ出す。
ギデオンの呼吸は明らかに細くなっており、本当に時間が無いことを悟る。
何一つなす術のない自分に腹立たしさすら覚えるルイスだったが、ギデオンに掛け続けていた治癒魔法を止めた。ほんの僅かな命の糸を繋ぎ留めたかった。だが、苦しむ呼吸と相反する穏やかな表情に、ルイスは親友の最期をこの腕の中で見届けようと覚悟を決めた。
「……わたしは……しあわせ……だっ…た……、きみの……おかげ…だ……」
「僕も君に出会えて幸せだ」
「……ありが……と…ル…イ…………」
「……ギデオン……? ギデオン……ッ!」
一気に全身の力が抜けたギデオンの身体が、ルイスの腕に重たく沈み込む。穏やかな表情で眠る様に目を瞑るギデオンの身体を強く抱きしめ、ルイスは静かに泣いた。
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