第133話 覚悟


 気が付いた時にはダリアの姿は無く、光も無い暗闇の中だった。


 目を凝らし耳を澄ませると、微かに水の音が聞こえる。


 指先で空にサッと陣を描く。

 掌に青白い光のほのおが浮かぶ。


 辺りを見回すと、どうやら森の中の様だった。


 水の音を辿り足を進めると、懐かしい魔力の残滓を感じる。

 それを頼りに足を進めると、徐々に魔力を強く感じはじめ、無意識のうちに走り出していた。


 一気に空間が開けた場所に辿り着き、目の前に飛び込んで来た風景にルイスは身を固くし震えた。


 等間隔に篝火かがりびが焚かれ、空間全体が見てとれる。ガブレリア王国では見た事の無い形の魔法陣。恐らく黒魔術だろう。その中心に、ギデオンが磔柱に縛られ手枷と足枷を嵌められている状態で項垂れていた。


「ギデオン!」


 走り寄ったルイスは陣の手前で立ち止まり声を上げる。


 僅かに頭を上げたギデオンの顔は、余りにも変わり果てたものだった。


 髪に艶はなく頬は痩せこけ、目は窪み、その下は真っ黒に染まり、唇の色も無くなり、皮が剥けている。


 光を失った虚な瞳が微かに開いて「ルイス……?」と掠れた声が漏れた。


「ギデオン、迎えに来たよ。一緒に帰ろう」


 ルイスの言葉にギデオンは顔を歪ませ、力なく首を左右に振った。


「私は……もう、帰れない。君の言葉を信じず……君の言う通り、私は利用されたんだ……私は、阻止出来なかった……。自分の意思では、無いとは言え……許されない事をしてしまったんだ……。本当に、すまない…………」

「ギデオン、もういい。もういいから、僕と帰ろう。クリストファーもセシルも、君の帰りを待っているんだ。それに君が王国を去った後、娘も生まれたんだ。娘に会ってやってくれないか」


 ルイスの言葉に、僅かに開いた瞳は、どこか遠くを見つめ懐かしむ表情をした。


「……クリストファー……あの子には……悪い事をした……」


 ギデオンの頬を一筋、涙が伝う。


 ルイスは首を左右に振り、ギデオンに語りかける。


「あの子は大丈夫だ。あの子にとって……いや、僕にとっても、君は親友を通り越して大切な家族だ。だから、一緒に帰ろう。僕達の国へ。僕達の家へ」


 ギデオンが小さく微笑む。その瞳は、別れる前に何度も見せていた、柔らかな瞳だ。


「ルイス、ありがとう……。私を……家族だと……言って……くれるのなら……君に頼みがある……」

「何だ?」


 ルイスがもどかしげに問いかけると、ギデオンはしっかりと顔を上げ、ルイスを見据えた。


「私の命は……もう、……」


 ギデオンの声は掠れ聞き取りにくい。ルイスは聞きたく無い言葉が言われた気がし、首を横に振り「大丈夫、もっと生きるんだ。僕が助けるから」と励ましの声を掛ける。


「この手枷は……特殊な作りだ……私には壊す事が……出来ない……力を吸い取られているんだ……」


 息を切らせ、時々苦しそうに小さく呻く。その様子にルイスの顔は険しさを増す。


「しかし……このまま……魔力を吸い取られて……あの女の……思惑通りに、死んで逝くのは……嫌なんだ……」

「僕が死なせない! 今から君を助ける!」


 その言葉に被せる様にギデオンは声を上げた。


「だからルイス……! 頼む、君の手で私を殺してくれ……頼む……」


 ギデオンの振り絞る様に告げた言葉に、ルイスは喉の奥が灼ける様に痛んだ。閉じた唇は大きく震え、視界が歪む。


「無理だ……そんな頼み、聞けるわけが、ないだろう……」


 声が震え、擦れる。


「お願いだ……ルイス……私は、君の手で……終わらせて欲しいんだ……」


 ルイスは大きく頭を振り俯く。喉の奥が痛み、身体が震える。


「君には……分かってる筈だ……私には、もうとっくに……この陣を解くだけの……魔力もない……君の魔眼でなら、きっと解ける……」

「……ギデオン……」

「最初で……最後の頼みだ……」


 ウッ! と、小さく呻くと、ギデオンは大きく顔を歪ませ、苦しみ出した。


「ギデオン!!」

「ウッ……ぐああぁぁぁーーーー!!!!」


 ギデオンの叫びと同時に手枷と陣が赤黒く光を放ち、苦痛に歪む顔と叫びが響く。


「ギデオン! 今助ける!!」


 魔力を剣に込める。魔眼を見開き、ルイスは陣に向かって破壊の魔術を放った。


 力と力が磁石の反撥はんぱつの様に畝り、弾かれそうになる。


 ルイスは歯を食いしばり、腰を落とし両脚を踏ん張る。


「うおぉぉぉぉぉーーーー!!!!!!」


 ルイスの頭の先から足先まで、全身を青白い光が焔の様に包み込む。


 剣に力を込め、陣の力を少しずつ押し返す。


 後一歩。


 ルイスは渾身の力を込め、一気に陣を切り裂くと地面に亀裂が入り、陣が崩れた。


 一瞬、赤黒い光が空洞全身を覆い、強い風が巻き起こる。

 強引な破壊により、ルイスの身体は弾き飛ばされ、地面に強く身体を打ち付けた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る