第124話 勧誘



 ルイスとその家族は、ギデオンを何故か気に入っていて、事ある毎に家に招かれた。


 愛息子のクリストファーの誕生日だとか、妻のセシルが焼き菓子を大量に作ったから食べに来いだの、魔獣討伐でついでに鹿を狩ったから食べに来い、美味い酒が手に入ったから泊まりに来い等々……。


 誘いはその日急にある時もあれば、前もって知らせがある時もあったが、それでもギデオンはルイスの強引さを嫌だと思った事は無かった。


 ルイスの屋敷に行くと、いつも温かな気持ちなって、自分の実家より居心地が良く、気に入っていたのだ。


 ルイスの妻のセシルは明るく朗らかな性格で、貴族であるにも関わらず手ずから菓子を作る事を得意としていた。それは、ルイスの甘いもの好きが大いに影響しているようだったが、一度ギデオンが痛く感動した焼き菓子があり、それ以来、大量に作ってはギデオンに来るようルイスに頼むのだ。


 何より、ルイスの息子でもうすぐ五歳になるクリストファーは殊の外ギデオンを気に入っており、屋敷へ行くと走って出迎え、帰るまでベッタリとくっついて離れない上、昼寝まで付き合わされる。


 そんなクリストファーとギデオンを夫婦は微笑ましく見守っていた。

 ギデオン自身は、クリストファーが一体自分の何を気に入って懐くのか分からなかったが、クリストファーの持つ魔力は、とても優しく温かで、何よりルイスと同じ青紫の瞳が美しい。


 クリストファーは魔眼持ちでは無かったが見ているだけで癒されるため、邪険にはせず受け入れていた。


 寧ろ、普段からあまり深く眠る事も出来ずにいるのに、クリストファーとの昼寝では驚くほどよく眠れ、心身共に癒やされていた。


 そんなある日の休日。


 ルイスに遠乗りに誘われて、二人でランドルフ侯爵家の領地内にある森林公園へ向かった。


 公園内にある四阿で持参した昼食を食べていると、ルイスが独り言の様に「やっぱり、勿体ないなぁ」と言った。


 ギデオンは視線をルイスに向けて、次の言葉を待っている。


「ギデオン、前にも誘ったが、君は本当に騎士になるつもりは無いのか?」


 ルイスは寛いだ表情でギデオンを見つめる。


 ギデオンは食べようとして口元まで運んでいたサンドイッチをゆっくり下ろして、俯く。


「……私は、あまり人と接する事が得意では無い。……騎士は、意思の疎通があって成り立つものだ。私には向いていない……」

「そうか? 僕や僕の家族とは普通に会話もして、意思の疎通だって出来ていると思うが。君ほどの魔力を持ち、魔獣の研究にも真摯に取り組んでいて、魔獣については誰よりも詳しい。それに、乗馬も上手くて背も高く、是非とも僕は君にフィンレイ騎士団へ来て欲しいと思っているんだけどね」


 視線だけをルイスに向けると、ニッコリと美しく笑うルイスが目に入り、すぐまた視線を逸らした。


「ルイスは、私を買い被り過ぎだ。……闇の魔術や魔獣の研究だって、評価されているどころか、嫌煙されている……」


 ルイスは「それは違う」と少し強い口調で言った。


「僕はもちろん、国王陛下も殿下もギデオンの研究内容には興味を示しているし、何より、僕は君の研究結果で魔獣討伐を効率よく行えているんだ。そもそも、闇の魔術にしても、魔獣の研究にしても、皆、勘違いしているんだ。君が研究している事をちゃんと知ろうともしない。知れば、未来ある素晴らしい研究だという事に気がつく筈だ」


 ルイスは真剣な面持ちで一気に言い切った。


 ギデオンの研究は、闇の魔術ではあるが、内容はそれに対しての防御率をあげる魔術でもある。また、魔獣の研究にしても、闇と魔獣は切っても切り離せない関係であるが故に、その二つを対象とした研究を行っている。


 その為には、闇の中にある光を見つけ出す必要がある。ルイスがよく言っているが闇の中にも美しい物があると、ギデオンも思っていた。


 精霊や妖精、月や星、夜に咲く花、鉱石……。


 全ては闇の中から生まれ、始まりを迎える。

 それでも、闇の魔術は危険が伴うものであるのも確かで、周りが嫌煙するのもギデオンは納得した上であった。


「今は、ルイスや国王陛下が理解して下さっていれば、私はそれで充分だ……。いつか、少しずつ成果が形となり理解が得られたら、それでいい」


 ギデオンは静かに目を伏せ、机の上で手を握った。その様子を見ていたルイスは、小さく息を吐くと、どうだろうか、とギデオンに提案をしてきた。


「ギデオン、研究は何も机の上だけじゃ無い。物は試しに一度、僕と組んで魔獣討伐をしに行かないか? 討伐はだいたい二人一組で行動する事が多い。まぁ、僕はコレがあるから単独行動も多々あるがね」


 そう言ってルイスは苦笑いしながら自分の瞳を指差す。魔眼があるからこそ、単独行動が行えるのだろう。


「君の研究を実践する事も出来るし、僕は君の実力を買ってるから是非一緒にやってみたい。それに、君にとっては僕の魔眼の事も知れる良い機会になるのでは?」


 机の上に両腕を乗せ、なんとも挑戦的な笑みを浮かべながらギデオンを見つめる。


 ギデオンは視線を彷徨わせ、瞬きを数回繰り返す。


 確かに、魔眼の効力を間近で観れることや、魔獣対策に考えた魔術を実践することは、魅力的だ。


 それでも


「……私は、ルイスの様に筋力も体力もないし……やはり、無理だ」


 その答えにルイスは声を上げて笑う。


「確かに、ギデオンの体格は筋力がある様には見えないが、これだけの遠乗りを疲れた様子もなく澄ました顔で食事をしている事も凄いと思うぞ。大丈夫だ。君は僕の援護をしてくれたらいい。それなら、出来ると思わないかい?」

「きっと……足手纏いになる」

「ははは! 冗談! 君ほどの魔力を持ちながら、何を言っているんだ! それは無い。ギデオン、来い。少しでも迷っているなら、一度僕と一緒に行こう」


 ルイスの気持ちの良い溌剌とした声が、久々によく晴れた雲一つない空に響いた。

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