ルイスの記憶

第123話 八百年前の出来事


 アリス……


 アリス……



「だれ……?」


『アリス……もう大丈夫だ。全部、終わったよ』


「……アル?」


 


 私は意識の向こうに居る、私を呼び掛ける声の主に問いかける。

 瞼が重くて持ち上がらない。


『アリス……』


 私は、声に促される様に重たい瞼を無理矢理に持ち上げた。

 眩しさに再び目を閉じる。恐る恐る薄く開けると、真っ白な空間にアレックスが立っている。心臓がドクリと跳ねた。

 人は亡くなると、真っ白な空間へ向かうと聞く。そこで、審判を待つのだと。


 この不思議な空間……。もしかして、アレックスが死んでしまったの!?


「アル! アレックス!!」


 私は軋む体を起き上がらせ、必死になって叫び名を呼ぶと、アレックスは首を横に振った。


『僕は、ルイス・ランドルフだ』


 ルイス……私の先祖の名だ。

 よく見ると、騎士服がアレックスのそれとは異なることと、アレックスより少し背が高く見える。


「どういうこと……ですか……。私、死んだの?」

『いや、生きているよ。大丈夫だ』


 私は何が何やら分からず、瞬きを繰り返す。


『アリス……。キミ達に迷惑をかけたのは、僕のせいだ。……すまなかった』


 ルイスが青紫色の瞳を伏せる。私は何も答えられず、暫しの沈黙が流れた。


『アリス、頼みがあるんだ』

「頼み……ですか?」


 ルイスはコクリと頷く。


『ギデオン・モーリスを、ガブレリア王国へ連れ帰って欲しい。僕の隣に埋葬してくれないか』

「ギデオン・モーリス……」


 その名に聞き覚えがあった。エドワードお兄様が調べて来た【闇の王】と呼ばれた人物では。


『頼む』


 ルイスの頼みに、私は何も答えず、ただルイスの顔を見つめる。暫くして、声を発した。


「なぜ、今回の様な事が起きたのです? 一体、八百年前に何があったの?」


 全ては八百年前にある。目の前にいる、アレックスとそっくりなルイスは、終わったというけれど。

 何も終わってない。なぜ、こんな事が起きたのか。それをはっきりとさせなくては。


『……』

「私達に迷惑をかけたと思うのであれば、教えてください。八百年前にあった出来事を!」


 ルイスは長い睫毛を瞬かせ、俯く。私はルイスの顔を覗き込む様に見上げ、彼の答えを待った。ルイスは、ゆっくり瞳を私に向け、一つ頷く。


『君に、八百年前の出来事を教えよう』


 ルイスは私の前にゆっくりと近寄り跪くと、『目を閉じて』と囁く。私はその言葉に従って目を閉じると、身体がフワリと軽くなる。まるで空気に溶け込んだかの様に、全身の力が抜け意識が遠のいた。




♦︎♦︎♦︎



 次に目を開けた時、私の視界には薄暗い世界が広がっていた。


 灰色の雲に覆われた空。街は暗く、活気を感じない。


「ここは……?」

『八百年前のガブレリア王国だよ』


 今から八百年前、この国は闇に覆われ、魔獣が大量発生したんだ。





 ガブレリア王国---


 まだ、魔術師団という形を成す前、宮廷魔術師として数人の魔術師が王宮に仕えていた。


 その一人に、闇の魔術を得意とするギデオン・モーガンという男が居た。


 腰まで長い艶やかなストレートの黒髪と、ひょろりとした背の高い体型で、手脚がえらく長く、猫背で歩く姿が特徴的な男だった。


 寡黙で人との関わりを持とうとしないので、王宮内でも殆どの人間が彼の声を聞いた事が無いほどだ。


 【闇の魔術】を得意としているだけあり、研究内容も闇と魔獣の関連性についてばかりで、他の魔術師からも嫌煙されるほどであった。


 そんな中、たった一人だけ声を掛けて来る人物がいた。


 ギデオンは、いつも昼食を裏庭のベンチに座って一人で食べ、読書をする事を日課としている。彼にとって、一番心が落ち着く時間だ。


 その日もいつもの様に裏庭で昼食を食べつつ読書をしていると、軽やかな声がギデオンを呼んだ。


「やぁ、ギデオン。今日は穏やかで気持ちの良い天気だね。隣に座っても?」


 ルイス・ランドルフ騎士団長。


 彼は若いながら侯爵の爵位を持ち、尚且つ魔獣討伐専門のフィンレイ騎士団を立ち上げ、その団長として王宮に仕えている。


 ホワイトブロンド色の少し癖のある髪に、青紫の瞳。その宝石の様に美しい瞳は魔眼で、その色と膨大な魔力を持つ事から【菫青石の宝珠】という二つ名を持つ。

 騎士にしては一見細身でしなかやな身体つきをしており、若干、背が低い。本人も気にしているのか、ギデオンの高身長を事ある毎に羨ましいと言う。

 誰もが目を惹く眉目秀麗な顔立ちにも関わらず、気さくで大らかな人柄なので誰からも慕われる男だ。


 そんな彼が、僅かでも時間があるとギデオンと一緒に過ごす事が多いせいか、陰口は言われる事はあっても、あからさまな嫌がらせをされる事は無かった。


 ギデオンはチラリと空を見る。

 今日は曇り空だがな、と心の中で思いつつギデオンは黙って頷く。それを見て、ルイスはサッと隣に腰掛けた。


「今日はどんな本を読んでいるんだい?」

「……今日のは、闇の中で生まれる精霊について……」

「闇の中で生まれる……なるほど、精霊も妖精も月夜に生まれると言うね。僕は時々思うんだ。夜に咲く花もある様に、暗闇には神秘的な美しさがあると。例えば、君の瞳みたいに、美しい夜空とかね」


 ルイスはギデオンの俯いた顔を覗き込み、ニッと片方の口角を器用に上げた。


 ギデオンは少し背をのけ反り、長い前髪で目を隠す仕草をした。


「なんで目を隠すのさ。君は顔立ちも悪くないし、背も高い。もっと堂々としていれば、令嬢など放っておかないだろうに」

「私をそんな風に評価するのは、ルイス、君だけだよ……」

「いや、そんな事はない! ギデオンさえ、その気になれば、皆、驚くぞ。え! あのギデオンが、こんなに素敵だとは! って。特に、その瞳。僕はとても好きだ。夜の帳が下りる頃の色で、何とも神秘的で美しい」

「……私は、君の青紫の瞳の方が好きだ。……特に、魔眼の時は色が変わって、普段と違う輝きが伴って……美しいと……思う」


 ギデオンの言葉を聴いて、ルイスは一瞬動きを止めたが、次には大きなよく通る声で笑った。


「僕の魔眼を、そう評価するのは君だけだ! 通常の人間は、皆、気味悪がってそんな風には思わない! はははっ!」


 ルイスは一頻り笑うと、スッと立ち上がった。


「また家に遊びに来てくれ。愛息子のクリストファーが、君に会いたがっている。君が来てくれると、妻も喜ぶ。じゃあ、また明日な」


 そう言うと、ルイスは立ち去った。


 ギデオンはその後ろ姿を眩しそうに目を細め見送ると、再び本に目を向けた。







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いつもお読み頂きありがとうございます!

最終章、メインで登場するルイスとギデオンのイメージイラストを近況ノートで公開しております。良かったら、覗いてみてください。

↓↓


https://kakuyomu.jp/users/seiren_fujiwara/news/16817330661904143223

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