第122話 氷の棺(アレックスside)
【氷の間】に入ると、造りはバイルンゼル帝国側にあったそれと、よく似た造りであった。
しかし、違いが一つ。
広間の中央に位置する場所に、氷の棺が台座の上に置かれている。
「あれは?」
「あれが、ダリアが求めていた者だ。近寄って見てみるが良い」
ゆっくりと近づき棺を見つめる。透明度の高い氷の棺は中を見る事が出来た。
中には細身で黒髪の男が眠っている。棺の大きさからして、随分と長身の男の様だ。
「彼は……?」
「ガブレリア王国で【闇の王】と呼ばれていた者だ」
「【闇の王】……」
「ギデオン・モーリス。其方の先祖であるルイスの親友だ」
僕はギデオンと呼ばれた男の顔をじっと見つめた。まるでつい今しがた眠りについたかのように、朽ちた様子は全くない。
「何故、彼はここに?」
「ここしか、この者を封印する事が出来なかったからだ」
「確か、ナリシアはダリアに破壊したと言っていなかったか?」
「ああ。ここにあると言う訳には行かないからな」
「ダリアは、よくここの存在に気が付かなかったな……」
「それなりの陣だからな。
ナリシアはチラリと僕を見て口角を上げた。
「この陣は、他の者には見えない、ということ?」
「そうだな。他の者には、念のために、こことは別の空間に造った【氷の間】が見えている。まぁ、そうは言っても正しくは幻が見えているだけだが。中にも入れるから、相当な魔力持ちで無い限り、疑う者も少ない」
「そこまでして、どうして……」
僕は隣に立つ、ナリシアの横顔を見つめた。
「雪の精霊が、其方の先祖を気に入った。それだけだ」
その理由では、とてもじゃないが僕は納得出来るはずもなかった。だが、ナリシアからは、「それ以上は答えない」という雰囲気を感じた。
「ここに居るギデオンには、心臓が無い。抉り取られているんだよ。ダリアは、そこに【闇の王】の魂を入れようとしていたんだ」
ナリシアは氷の棺に手を置き、静かに語り出した。
「ギデオンの胸元が見えるか?」
促されて覗き見る。服で良く見えはしなかったが、薄っすらと何かの陣が描かれている様に見えた。
「魔法陣?」
ナリシアは小さく顎を引く。
「呪いの一種だ。心臓を抉り取られても、この身体は朽ちる事はない。この陣を消せるのは、この呪いを掛けた本人だけ。だが、その本人は先程、死んだ」
「なら、彼の呪いは二度と消せないのか?」
僕の質問に、ナリシアは「いや」と首を振る。
「魔女の魔法だからと言って、全ての魔法が永遠に続くわけでは無い。ダリアの魂が死んだという事は、この呪いの効力は徐々に消えていく。実際、私が最後に見た時よりも色がかなり薄くなっている。これでやっと、彼も本当の眠りにつけるだろう……」
ナリシアは、どこか悲しげな表情でそう言った。
「八百年前。当時、このギデオンの首には、ダリアの付けていたブローチと色違いのネックレスがかけられていた。そのネックレスには、【闇の王】つまり【影の精霊】の魂が宿っていた。それを破壊しようとしたが、それに魂が宿っていると気が付いた時には、ルイスは魔眼を片方失っていた……」
「片方になった理由は?」
僕の質問に、ナリシアは眉を八の字にさせ苦笑いすると、「私の責任だったんだ」と言った。
「ここに、この者を封印するのに、対価として魔眼を片方貰ったのだ。その魔眼を使って、【氷の間】の鍵とし魔法陣を施した」
「バイルンゼル側と、ここに?」
「そうだ」と顎を引くと、そのまま話を続ける。
「ダリアの魂が、どこかにある依代へ飛んだとわかった時点で、バイルンゼル帝国側には罠として分かりやすく魔法陣を描いた。ここに矛先が向かない様に。それでも、魔眼でないと開かない様にしたのは、簡単に開けられて、無いと分かったら、ここへ来るかも知れないとも思ったからだ」
なるほど。だが、それで魔眼が片方しか無い事と、ネックレスに何の意味があるのか。僕がそう考えていると知ってか、ナリシアは語る。
「ネックレスに宿っていた力が、凄まじい威力を保っていてな。何をやっても破壊できなかった。もし、両眼とも魔眼であったなら、破壊出来たかも知れない。実際、其方はダリアのブローチを破壊できた」
僕は頷いた。ならば、そのネックレスは一体どこにあるのか。それをナリシアに訊ねると、ナリシアは「其方達の側だ」と答えた。
「僕達の、側?」
「正確には、ランドルフ家の裏にあるルーラの森だ」
その言葉に、僕は驚きの余り瞳を瞬かせる。
「あそこには、風の精霊王が棲んでいる。神獣もだ。それだけ清らかな場所であるなら、ネックレスの威力を軽減させる事が出来ると考えたからだ」
ナリシアは話を続けた。僕は、そのままナリシアの話に耳を傾けた。
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