最終章 闇の王と菫青石の宝珠
第121話 扉の魔法陣(アレックスside)
ナリシアの後について来た場所は、バイルンゼル帝国側にあった【氷の間】と類似した扉の前だった。
違いと言えば、バイルンゼル帝国側はフェリズ山脈の麓の森に近い場所にあったが、ガブレリア王国側は、山の中の洞窟内にあった。
洞窟内はひんやりとした冷たい空気で、じっとしていると身体が冷えてくる程だ。
バイルンゼル帝国側とは違い、こちらこそ【氷の間】という名に相応しい場所だった。
【氷の間】の扉は、一見すると何の術も施されていない様に見えた。だが、扉に意識を集中させて眺めていると、不思議な気配を漂わせている様にも感じる。その気配は、決して嫌なものではなく、寧ろ落ち着く。
「魔眼を使って見てみると良い」
ナリシアが言った。
僕は魔眼がどの様にして出るのかが分かっておらず、戸惑いながら答えた。
「魔眼が、どうやって使えるの、分からないんだ……」
「なるほど。先程の戦いで魔眼が出ていたが……。うむ……。これは、私の推測だが。恐らく、自分の
「……僕は、争いは好まない。魔眼がある事で大きな争い事に使われるくらいなら、無い方が良い」
ナリシアは「ふん」と鼻で笑ったかと思うと、すぐに、ふぅと息を吐き出した。
「魔眼は争い事だけに使うものでは無い。確かに魔力量が上がり、使える術の威力も上がる。しかし、それを逆手に取る事も出来る」
「争い事以外に、使えると?」
「そういう事だ。まぁ、ともかく。今は私が少し手伝おう。そもそも、この扉もバイルンゼル帝国側にあった扉同様に、魔眼が無ければ開く事が出来ないのでな」
そう言うと、ナリシアは「良いか?」と僕に確認をする。寸秒、間をおいてから僕は頷いた。
「では目を閉じろ」
言われるままに瞳を閉じれば、額に暖かな波動を感じた。恐らく僕の額に向けて手を翳しているのだろう。
「氷の精霊の加護を」
ナリシアが呟くと、僕は自身の身体に変化が起きた事に気がつく。魔眼が出現した時の様に、身体の内側から魔力が湧き上がる感覚。
「目を開けて良いぞ」
ゆっくりと瞼を上げると【氷の間】の扉には、バイルンゼル帝国側の扉と比較にならないほど無数の陣が施されていた。扉の周りには、キラキラと舞う影が見える。
コレットがアリスを治癒していた際に見えていた光とよく似ているが、少し様子が違って見える。
「扉の前をキラキラと舞っているアレはなんだ?」
ナリシアに訊ねると、ふふっと短く笑う。
「どうも、ランドルフ家の者は妖精や精霊に好かれる様だ。あれは、雪の精霊と氷の妖精だ。因みに、戦いの最中から今も。ずっと、氷の妖精が妹殿を見守っている」
レオンの背中で眠っているアリスに視線を向けると、確かにキラキラとした光がアリスの周りを舞っている。
「レオン、気が付いていたか?」
『ああ。悪さをする訳ではないから、そっとしていた』
そうだったのかと、僕はその光を目で追った。
「アリスを守ってくれていたんだね。ありがとう」
人間の言葉が通じるのか分からないが、そう口にすると煌めきに強弱がつき、まるで笑いながら踊っている様にも見えた。
「礼を言われて照れておるわ」
声を上げて笑うナリシアは、とても八百年以上も生きている様には見えない。コレットと同い年あるいは、下にも見える。
そんな事を僕が思っているの察したのか、ナリシアは笑うのをやめ、決まり悪そうに「母が童顔だったものでな」と小さく呟いた。
「さて。アレックス。今から其方の魔眼と私の魔術で陣の解除を行う。少々時間は掛かるが、私の言う通りに視線を動かすだけでいい」
「わかった」
「では、はじめる」
僕はナリシアが指示する通りに、魔眼の状態の瞳を動かした。
陣は、僕が知っている物も幾つかあった。今では古典魔術とされた物も散見され、北の魔女が張った陣では無いように思えた。
「この扉の魔法陣は、知らない物と知っている物が混ざっているが、これは全てナリシアが描いた物なの?」
「いや、八百年前の其方の先祖も一緒に描いた物だ」
なるほど、だから知っている魔法陣があるのかと、僕は納得した。
「残りひとつ。真ん中を見てくれ」
何重にも掛けられていた陣の残り一つ。
【氷の間】の扉ど真ん中に、先程から解いてきた陣よりも、一際大きな陣が現れた。
ナリシアに「集中して」と言われ、慌てて意識を陣に集中させる。
淡く青白い光を放ち、魔法陣が消えていく。
「よし。これで中へ入れる」
ナリシアが両手を扉に翳すと【氷の間】の扉は音も無く左右に開いた。
「入れ」
入る事を少々躊躇していると、ナリシアは困った様に笑う。
「あんな激しい戦闘を行っていた者とは思えないほど臆病者なのだな、アレックスは」
「べ、別に恐れているわけでは……」
「ならば、まだ私を疑っていると言うことか? それについては、私でもどうにも出来ぬなぁ」
確かに一緒に戦った。だが、八百年前の出来事を知る者となると、どうにも警戒心が出てしまうのだ。自分でも、どうしたらいいか分からず戸惑っていると、レオンが語りかけてきた。
『アル、ナリシアは味方だ。さっきから氷の妖精もオオカミ達からも敵意は感じない。もし、彼女がオレたちを騙そうとしているなら、妖精やオオカミ達がここまで好意的でいる筈がない。大丈夫だ』
レオンの言葉に一つ頷くと、僕は一歩前に踏み出し、【氷の間】へ入って行った。
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