第120話 もう一つの氷の間(エバンズ団長side→アレックスside)
フェリズ山脈・氷の間前---
東の魔女ダリアが死に、その遺体を西の魔女コレットと北の魔女ナリシア、南の魔女ダレーシアンが魔法で潔め、【埋葬の儀】を行なった。魔女が亡くなった際に行う儀式を、我々にも見届けて欲しいとダレーシアンが言った。
それは、本当にもう、ダリアがこの世に居ないという事を証明することにもなるのだと、彼女は言った。
万が一、またどこかに依代があるとなれば、この儀式は途中で魔法が発動しなくなるのだと。儀式を最後まで執り行えたら、本当にもうこの世には存在しない証なのだそうだ。
その儀式は、今まで一度も見た事のない、聞いた事もない魔術ではじまり、とても不思議なものだった。
無事に儀式が終わると、ヒューバートさんが口を開いた。
「私は王都へ戻る。バイルンゼルが、どこまで攻めて来ているか気掛かりだ。今回の争いには地底に棲む者も居るだろうからな」
ヒューバートさんの言葉に、俺は「地底に棲む者?」と、初めて聞く名を口にする。
「八百年前の争いで、疫病を流行らせた者達だ。ダリアが引き連れていたのだ。この度の争いはダリアが関係しているため、恐らく奴等も居るだろ」
「それは間違いないだろう。皇帝の側に居た者も、地底に棲む者であると、私は睨んでいるからな。ヒューバート殿、私も一緒にガブレリア王国へ向かおう。皇太子も居る事だ。助けに行かなくてはな」
ヒューバートさんは頷いた。
「私も一緒に向かいます」
そう声を上げたのは、コレットだった。
「疫病が蔓延するかも知れないのですよね? ならば、私が何かお役に立てるかも知れません」
「しかし、向かう先は戦場だぞ?」
ヒューバートさんが驚きながら言う。
「はい、承知しております。ですが、私は魔女です。そう足手纏いには、なりません」
「しかし……」
「ヒューバート殿、コレットはもう立派な正式な魔女だ。自分の身は自分で守れるだけの力はある。心配せずとも大丈夫だ」
ダレーシアンがそう言うと、ヒューバートさんは困惑した様に顔を顰めた。だが、決断したのだろう「わかった」と一言、頷いた。
「エバンズ、お前も来い」
ヒューバートさんが俺を見て言う。俺は「しかし、」と抱きかかえているアリスを見下ろした。
「アリスはしばらく、ここに居た方が良いだろう。ガブレリアへ連れて行くには、ここよりも危険すぎる。アレックスはレオンと共にアリスの側に付いていろ。ナリシア殿、娘と息子を頼めるだろうか」
ヒューバートさんがナリシアへ向くと、「承知した」と快諾した。
「そういう事だ。エバンズ、お前はフィンレイ騎士団の団長として、私と共に来い」
俺は一度強く目を閉じてから、ヒューバートさんを真っ直ぐに見つめ「はい」と強く返した。
アリスをアレックスに託すと、俺はヒューバートさんと共に神獣様の背中に乗ってガブレリア王国へと飛び立った。
***
父上達が飛び立ち、その姿が見なくなると、ナリシアが僕に向き直った。
「さて……。ルイスに良く似た坊ちゃん。名は何という?」
ルイス。僕にその名を呼ぶのは、二人目だ。
僕はアリスを抱えたまま身構えた。僕の気配を察知したレオンが素早く僕の前に周る。
「そう警戒するな。さっき共に戦ったであろう」
「何故、僕をルイスと呼んだ。僕の姿がルイスと似ていると知っているのは、八百年前に生きていた者だけだ」
「私は八百年前も、そうやってルイスに睨まれた」
そう言って、ナリシアは小さく笑う。
「私は氷の精霊と魔女の間に生まれた。その為に、寿命は普通の人間よりも少々長いのだよ」
僕が困惑しながらナリシアを見つめていると、彼女の表情から笑みが消え真剣な面持ちで僕を見据えた。
「今回のダリアが求めていた一番の目的であるモノを、其方に見せよう。神獣殿と私について来なさい」
ナリシアは箒を出すと、それに跨って僕を見る。
「大丈夫だ。其方達に危害は加えない。私を信じろ」
レオンを見遣る。レオンは、オオカミ達の声に耳を傾けていた様で、僕に『信じても大丈夫そうだ』と伝えて来た。
「わかった。その代わり、どこへ行くのか教えてくれ」
「【氷の間】だよ」
「【氷の間】?」
「ガブレリア王国側にもあるんだ」
そういえば、コレットは【氷の間】が二箇所あると言っていたと思い出した。
僕はレオンの背にアリスを乗せて、自分も飛び乗った。
「では、行くぞ」
「はい」
「ところで、其方の名は? 何と呼べばいい」
「……アレックスだ」
「アレックス。良い名だ。では行くぞ、アレックス」
「ああ」
僕はまだ少し、胸の奥に疑念を持ちながら、ナリシアの後について、ガブレリア王国側にあるという【氷の間】へと、飛び立った。
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