第118話 全ての終わり(アレックスside→風の精霊王side)


 ダリアのブローチを破壊する時に、僕はダリアの過去を観ていた。

 ブローチが持つ記憶なのか、過去のダリアの記憶なのか分からない。

 だけど。その記憶は、とても暗澹とした、悲しいものだった。


 ブローチから流れ込む悲しみと怒りの強さは、胸を引き裂かれる様に痛かった。それが壊されまいと反発する力に変わっていたのも気が付いていた。だが、僕は壊さない訳にはいかなかった。同情して手を緩めて、また同じことが起きたら? それでは、何も変わらない。

 僕は体の内側から流れ込む魔力を剣に込め、最後の力を振り絞る。


 破壊と同時に、僕は意識が飛んだ。

 遠くでコレットの声が聞こえ、真っ白な空間に包まれる。暖かく、水に浮く様な浮遊感。不思議と安心するその感覚に、身を委ねる。

 身体の隅々に魔力が流れ込む感覚に、僕は意識を取り戻した。


「大丈夫ですか!?」

「コレット……」

「魔力切れを起こしかけていました」


 コレットの言葉に驚いた。魔力切れを起こして、こんな早くに回復する事にも驚いた。気怠さや身体の痛みはあるが、魔力量が完全では無いにしろ、目を覚ますことが出来る。それは、とんでも無く凄いことだ。これが魔女の、コレットの本来の力なのか。


「……ブローチは!?」


 僕は起き上がり、ブローチを見た。石は粉々に砕けている。その砕けた石が、サラサラと粒子になって消えていく。完全に消えて無くなるのを見届け、顔を横に向けた。奥でダリアが倒れているのが見える。


 彼女は死んだのだろうか……。


 ゆっくりと立ち上がり、ダリアに近寄る。膝まづき、彼女の手首に触れた。

 ほんの僅かだが、脈を感じる。スッと細く瞳が開く。


「……わかるか?」


 囁く様に訊ねると、ダリアが小さく頷く。


「私を……殺して、ください……」


 弱々しく消えそうなその言葉に、彼女がもうダリアではないと、僕は確信した。僕は僅かに首を横に振った。


「お願い……おわりに、したいの……」


 彼女が何を終わりにしたいのか、それは痛いほど伝わってきた。

 きっと、自分の【血】を途絶えさせたいのだと。【影の精霊】の血を。

 僕は再度、首を横に振った。

 彼女は悲しげな顔をし、再びその瞳を閉じた。

 恐らく、彼女はもう長く無い。なら、わざわざ痛みを、苦しみを与える必要があるのか。僕は、無いと思ったのだ。これまで、彼女は……いや、は、じゅうぶん苦しみに耐えてきたんだ。


 僕は、彼女を抱えた。


「……どうされるのですか?」


 少し離れた場所にいたコレットが訊く。


「まだ、生きてる……」

「え!?」

「だが、もう長くは無いだろう。彼女を連れ、外へ出る」

「でも!」


 コレットの驚き声に合わせ、天井から不穏な音が響いた。天井を見上げると、亀裂と共にパラパラと落ちてくるものが。

 

「急いでここを出よう。崩れる」


 僕の言葉に、コレットが箒を現し「乗ってください」と言った。

 ひとつ頷き、ダリアを抱えたままコレットの箒に乗った。依代であるブローチを破壊した事で、過去のダリアは消えたであろう。目を閉じているダリアの表情は、とても穏やかで優しげだ。これが、このダリアの本来の姿なのであろうと思うと、僕は胸の奥がグッと痛んだ。

 

 全ての始まりは、人間の利己主義により起きた出来事だ。

 

 彼女も、八百年前の彼女も、彼女の母親も、影の精霊も。誰も、何も悪くない。人間に対しての怒り、家族を殺された哀しみが、悪を生み出したんだ。一番悪いのは、人間だ。


 今、僕の腕の中に居るダリアだって。本来なら、こんな事はしたく無かっただろう。それは、彼女が抵抗していた記憶が流れ込んで来た事から分かった。だが、自分の血の中に確かにある【影の精霊】の力が、彼女の心を暗闇に連れ込んだんだ。


 【氷の間】から出ると、コレットが治癒を始めた。だが、もう無理だというのは、気が付いていた。


 安心した様な柔らかな表情で眠るダリア。


 どうか、安らかに……。



♢♢♢



 ルーラの森---



 私は森の空気が変わったことに気が付いた。


『デールか……?』


 崖の手前にニレの木がある。その木の影が、不自然な動きをした。


『シルフ……』


 私は少し身構えたが、気配が明らかに違う。昔の優しいデールの気配と同じものだ。


『迷惑をかけてしまったね……』

『いや……』

『僕の……ブレンダの石が、破壊されたよ……』

『……』

『もう、愛おしいブレンダも可愛い愛娘のダリアも、何処にも居ない……』


 ニレの木が、風に揺れる。

 影が、消えかけている。


『僕も、もう、いくよ……』

『ああ……』

も、連れて行かないと……』


 その言葉に、地底に棲む者達の事だと分かった。


『そうだな……』


 私の返答に、影が笑った様に見えた。そして、ニレの木の下の影が消えた。


 私は崖の中腹へ向かい、魔法で何重にも結界を張り隠してある木箱を取り出した。

 禍々しい気配は無くなっており、今はただの木箱だ。私は、そっと手を翳し魔力を流して中の様子を見た。


 影の精霊。いや、【闇の王】の【心魂たましい】が宿っていたネックレスは、青い石の部分だけが消えて無くなっていた。

 デールが破壊されたと言っていたが。ヒューバートが対になった物を見つけ、破壊したのかと、納得した。


 私の役目も終わったな。


 私は空を見上げた。


 今日も青空が広がっている。

 全て、終わったのだ。全てが。

 

 気が付けば、私は声も無く泣いていた。

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