第117話 純白の光(ヒューバートside)


 私の隣にエバンズが立った。

 エバンズは、まるで怒りをそのまま東の魔女ダリアにぶつけるかの様に、ドカンドカンと地属性の魔術を放ち相手の足元を崩しながら、火属性の魔術を放つ。


 私は闇の魔術でダリアの黒魔術に対抗していたが、彼女もなかなかしぶとく、攻撃の手が緩む事がない。南の魔女も北の魔女も居るというのに、たった一人で全てを弾き飛ばしている。

 ダリアと真正面から戦っているのは、主にアレックスであったが、アレックスの動きは凄まじく速かった。それすらもギリギリとはいえ躱す魔女に、勝ち目があるのかと……。


 私はこの魔女の底知れぬ力に脅威を感じながらも、今、ここで諦める訳にはいかないと、自分を奮い立たせた。


「そろそろ、お遊びは終いだ!」


 ダリアが、強い魔力を感じる陣を現した。赤黒い、禍々しい色の光を放つそれは、急激に魔力を吸い取られる様な感覚に陥った。


「全員、陣から離れるんだ!!」


 南の魔女が叫び、私達は急いでダリアから離れた。

 しかし、アレックスだけはその場に残り、東の魔女に攻撃を続けている。


「アレックス!!」


 私が叫び呼ぶと、私の横を小さな何かが通り過ぎた。

 赤髪の少女……西の魔女、その子だった。

 私はハッと息を飲み、その手を掴もうとしたが、彼女が放った魔術に私は顔を背けた。


 真っ白な強烈な光。


「ダリア様! もうこんな事、やめて!!」


 再度、凄まじ魔力を持った光が放たれた。

 恐る恐る腕を下ろし、顔を上げる。目を細め、状況を確認すると、ダリアが放った禍々しい陣が消えていた。ダリアが数歩よろけた瞬間、私はすぐさま術を放つ。


 風魔法・烈葉風れつようふう


 風の加護が宿った風魔法は、私が狙ったダリアの胸元にあったブローチを見事に弾き飛ばした。


「アレックス!! ブローチを壊せ!!」


 私の声に、アレックスが素早く反応する。


「やめろぉぉぉぉぉおお!!!!」

 

 ダリアがアレックスに向け術を放ったが、西の魔女の少女がそれを光で弾き飛ばす。


 アレックスは剣に魔力を込めブローチの石に向け突き下ろした。

 ブローチから、血に染まった様な色の魔力が溢れ出す。それはまるで川が氾濫したかの様に部屋に流れ出す。

 

「クッ……!! うぉぉぉぉおおおーーー!!!」


 魔力の反発を感じているのか、アレックスが太い声を上げた。同時に、アレックスが纏う魔力の色が瞳の色の様に変わる。


「みんな、氷の間から出るんだ!!」


 南の魔女が叫ぶ。


 私はアリスを振り返った。

 アリスを護る様にオオカミ達と共に立っていたレオンとラファエル殿が、姿勢を低くする。オオカミ達はナリシアの合図で駆け出した。

 アリスの元へ走り寄ろうとした時、エバンズが私を追い越しアリスを抱きかかえ、そのままレオンに飛び乗った。ハッと思っていると、『ヒューバート、早く乗れ!』とラファエル殿の声に、急いで飛び乗る。

 

「アレックスと西の魔女の少女はどうなる!?」


 私が誰にとも無く言うと、北の魔女ナリシアが「大丈夫だ! 氷の妖精が彼等を守る!」と応えた。


 氷の間から、少し離れた上空で私達は待機した。


 どのくらい待っただろうか。

 数分、数秒だったかも知れない。だが、私には何時間にも感じた。


 氷の間の入り口から、赤黒い魔力と純白の光がドッと溢れるように流れてきたかと思うと、凄まじい音を立て氷の間が崩壊した。煙の様なものが立ち込め、私達は、その様を固唾を呑んで見守っていた。


「あ! コレットが!」


 南の魔女の声に、入り口を凝視する。


 少女の箒に、アレックスと……。


 アレックスが抱えたダリアの姿が見て取れた。



***



 コレットと呼ばれた西の魔女が降り立つと、アレックスがダリアを地面に静かに寝かせた。


「アレックス! 何故、連れて来たんだ!!」


 私が怒鳴ると、アレックスは何も言わずに立ち上がった。


 変わる様にコレットがダリアの横に座り、詠唱し始める。白い糸の様なモノがダリアを纏う。目を閉じて微動だにしないダリアに、コレットは声を掛けた。


「ダリア様……ダリア様!! 元に戻って……お願い……あの優しいダリア様に、戻って……」


 コレットが泣きながら言う。

 コレットの横に、南の魔女が静かに腰を下ろし、その手を取った。


「コレット、もうやめるんだ」

「ダリア様……ダリア様……お願い……目を覚まして……」

「コレット!」


 薄っすらとダリアの瞼が動いた。その場にいた、アレックス以外全員が構える。


「……コレッ……ト」

「ダリア様!!」


 私は目を見張った。瞳を開いたダリアは、先程までとは全く異なる表現をしていた。柔らかな、優しい瞳。


「コレット……もう、いいの……」

「ダリア、さま?」

「もう……いいのよ……」

「ッ!! 何故ですか!? ダリア様は操られていただけじゃないですか! 生きて! お願い! 生きてください!! 私が助けますから!」


 ダリアの手が、ゆっくりと持ち上がり、コレットの頬に触れる。

 コレットが泣きながらダリアを見つめ、その手を包む様に両手で握り返す。


「ありがとう……でも……これで、いいのよ……」

「……」

「みんな……ごめんなさい……」

「ダリアさま……なんで……?」

「コレット、もうこれ以上は。ダリアのために、やめるんだ」


 コレットの両肩に手を置いて南の魔女がコレットを離そうとするが、彼女は動こうとしない。


「コレット……」


 ダリアはそっと笑みを浮かべ目を閉じた。コレットの名を呼んだのを最後に、彼女は目を開けることは無かった。


「ダリアさま……ダリアさま……!! わああああーーー!!!」


 南の魔女がコレットの背中を摩っていたが、アレックスがゆっくり近寄ると、彼女はそっとその場を離れた。

 アレックスがコレットの側に腰を下ろし、彼女の身体をそっと引き寄せ、抱きしめた。


 森にはコレットの泣き声だけが、響いていた。

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