第107話 覚醒(アレックスside)



『アリス! レオン! 僕はバイルンゼル側、フェリズ山脈麓に居る! フィンレイ騎士団に伝えてくれ! 大至急だ!!』


 東の魔女の攻撃と上空から襲ってくる無数の鴉を交わしながら、アリスとレオンに念話を送る。二人なら、すぐに父上に報告をし、父上から即エドワード兄さんに伝達がいく。そうすればフィンレイ騎士団には数分で伝わる筈だ。だが、もし今、先程の魔獣の群れと戦っていたら……。そう思うと、ここはどうにか自分だけの力で戦い抜くしか無いのか……。




 アリスとレオンに念話する、数分前---。


 ダリアが僕らの目の前に現れた。


「おや、【菫青石の宝珠】は消えてしまったのかい」


 僕の瞳をみて、ダリアは大仰に言ってみせる。とは、どういう意味かと思っていると、ダリアはさも楽しげに杖を振り攻撃魔法を繰り広げる。


「襲われて身の危険を感じれば【菫青石の宝珠】は現れるのかい? さぁ、さっさとその瞳を魔眼に変えてみせな!」

「僕は魔眼など持ってはいない!」


 そう答えると、ダリアは一瞬目を見開き、声高かに笑った。


「お前は、本当に間抜けな男だねぇ。まぁ、その方が、かえってこっちも都合が良いかも知れないねぇ」

 

 ダリアはまるで僕らと遊ぶかの様に愉しげに、杖を振るって来る。

 僕は全身を集中させ、何処からの攻撃にも即座に反応をする。攻められてばかりで、こちらからは何も出来ていない事に、僕自身気が付いている。だが、コレットを守りながらには限界があったのだ。

 コレットは鴉に襲われながらも自分が使える攻撃魔法を、杖を使い放っていた。が、まだ【正式な魔女】では無いからか、強い術は使えないのだろう。鴉は弾かれては、また攻撃を仕掛けて来ている。このまま細々と術を放ち続けていれば、魔力切れになる恐れもある。


 ラッシュとローシュも鴉に襲われているが、彼等はどうにか頑張っている様にも感じる。ただ、鴉は二頭の目を狙って来ている様で、若干苦戦している様にも見えるため、時々そちらにも術を放ちながら戦っていた。


「きゃぁ!」


 僕の背に守っていたコレットが、短く叫んだ。素早く後ろを振り返ると、セオデンがコレットを後ろから羽交い締めし、「動くな! 小僧!」と叫んだ。

 魔女の攻撃や他の鴉に気を取られ、セオデンが鴉の姿になり後ろに回られた事に気が付かなかった。


 次いでオオカミの弱い鳴き声が一瞬聞こえた。

 首だけ横に向けると、ラッシュがダリアに捕まってしまっていた。


「クソッ!」


 短く悪態を吐くとローシュが僕の後ろに回り込む。


「ローシュ、お前のご主人様に伝えろ! コレットが東の魔女に捕まったと」


 すると、ローシュは一声だけ大きな声で鳴いた。それは山に反射してやまびことなり、辺りいっぱいに響き渡った。


 僕はひたすら、ダリアの攻撃を躱しながら、早く皆に伝わってくれと、祈るほかなく、そんな自分に情け無くなる。だが今は、そんな事を気にしている場合では無い。

 コレットとラッシュを助け無ければ。


 セオデンはコレットを引き摺る様に歩かせ、ダリアの隣に並んだ。


「ダ……ダリア様、なぜ、こんなこと……」


 コレットは、セオデンに喉元を腕で押さえ付けながらも、必死に問いかける。

 ダリアは一瞬、コレットに視線を向けたが、直ぐに僕に焦点を合わせる。そして、セオデンから乱暴にコレットを奪い、腕で喉元を絞め、コレットの頭に杖の先を当てがった。


「さぁ、ランドルフの坊や。さっさと【菫青石の宝珠】を出してごらん。早くしないとコレットが死んでしまうよ? それでも良いのかい?」


 ダリアは紅い唇の口角をニヤリと持ち上げる。


 その言葉、そして僕の瞳に映るコレットの姿に、僕の中で何かが弾け飛んだ。


 静かに瞳を閉じ、深く息を吸い込み、ゆっくり吐き出しす。


「ダリア……。コレットを離すんだ……」


 腹の底から湧き上がる、怒り。

 

 その時、僕は洞窟内で感じた、自身の身体の軽さを再び感じるのだった---。

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