閑話 マーサの独り言

第105話 ランドルフ侯爵家の双子(マーサside)


 皆さま〜! お久しぶりでございますぅ! マーサでございま〜す!

 覚えておいでです? え? 忘れた? お前誰だって?

 あの、ほら! ランドルフ侯爵家でアリスお嬢様の侍女の……。あ、思い出して頂けました? あぁ、良かったぁ!


 本日は、僭越ながら私がすこーしだけ、アリスお嬢様とアレックス様のお話をさせて頂こうかと思っております。


 え? 今じゃない? ……まぁまぁまぁまぁ、そう言わずにぃ〜。


 侍女である、私だからこそ知っているお二人の事を、こっそり皆さまにお教え致します。うふふ。



***



 アレックス様は、甘い物と小さくて可愛い物がお好きです。


 ご本人はハッキリとは口にしませんけども、ミニチュア大好きなんです。

 アリスお嬢様が息抜きで作るドールハウスの食器類など、食い入る様に見つめております。

 その瞳はキラキラと光り輝き、口元なんて、それはそれは嬉しそうに綻んでいるのです。


 それを知っているアリスお嬢様は、ドールハウスを敢えてサロンに飾っております。

 アリス様の私室では、アレックス様が自由に出入りして見ることが出来ないからです。


 ある日、アリスお嬢様が新しい雑貨を作ったので、二人でサロンへ飾りに向かうと。


「……これは、こっちに置いた方が見栄えが良いよな……。いや、でもこれが隠れてしまうか……。ああ〜……いや、やっぱりこっちの方が……」


 何やらブツブツ言いながら、ドールハウスの前に身を屈めて何かしておりました。

 アリスお嬢様と顔を見合わせアイコンタクトを取り、暫く黙って見守る事に致しました。


「……うん! やっぱり、この並びだな! よし、次は二階の部屋を……」

「ア〜ル!」

「うわぁ!!」


 アリスお嬢様は、足音を忍ばせアレックス様の真後ろに立つと、耳元でお名前をお呼びになりました。アレックス様は熱中していた事もあり、驚きのあまり手に持っていたドールハウスの椅子を落としてしまいました……。

 ……ほんと、イタズラ好きなんですよね、ウチのお嬢様って……。


 アリスお嬢様が屈んで椅子を拾うと、ドールハウスの二階の部屋にそっと置きました。アレックス様は少し居心地の悪そうに手を後ろに組んで、その様子を横目で見ております。それを分かってて、お嬢様はアレックス様を振り返ってにっこり微笑みました。アレックス様も何とも言えない、にっこり顔で返します。


「アル、今日、新しい雑貨を作ってみたの。これ、どこに飾った方が可愛く見えるかしら?」


 アリスお嬢様は手に持っていた箱を開けて、アレックス様にお見せしました。

 アレックス様は、最初こそ「いや、僕には分からないよ」と、モゴモゴ言っていらっしゃったのですが、アリスお嬢様がすかさず「あら、一階の飾りの配置が変わっているわ。アルが変えてくれたの?」と、白々しく聞きながらアレックス様の顔を覗き込みます。アレックス様は少し仰け反る様に背を伸ばすと、パシパシと瞬きを繰り返して目を逸らし……。


「ちょっと、家具が倒れている様に見えたから、直しただけだよ」

「あら、そうだったの? でも、何だか私が飾ったよりも素敵になってるわ」

「そ、そう?」

「うん、さすがアル! センスあるわ!」


 アリスお嬢様がそう言うと、アレックス様は満更でも無さげに微笑んで、アリスお嬢様が持っている箱の中を覗き込みました。

 あらあら、再びお目目がキラキラしておりますわ。もう、それはそれはキラッキラで、可愛く微笑んでおります。そのお顔を拝見出来ただけでも、マーサは幸せですのに……。

 お二人仲良くで並んで、きゃっきゃと雑貨を並べだすんですよ! 可愛すぎません?! 本当、ランドルフ侯爵家の双子は純粋で可愛いんです! 


「アル、次何作ったらいいと思う?」

「う〜ん……。この部屋、壁紙はこの白いままにするの?」

「特に考えて無かったけど……なんで?」

「他の部屋は壁紙に凝ってるのに、ここだけ何もしないのかなって」

「そうねぇ。かえるとしたら、どんな壁紙が良いと思う?」

「そうだなぁ……。野薔薇の壁紙とかどうだろう? あ、あと、ここに花瓶を置こうよ。作れる?」

「うん、作れるわ。野薔薇の壁紙ね……何色が良いかしら?」


 こんな感じで、実はアリスお嬢様は、さりげなくアレックス様の趣味に合わせてドールハウスをお作りになっていらっしゃるのです。


 ……。


 可愛くないですか!? この二人、可愛くないです?!


 いけない、いけない。取り乱しました。失礼致しました。


 アリスお嬢様は、本当、アレックス様が大好きですから。ご多忙なアレックス様が、少しでも心安らげる様にと、お嬢様なりに色々考えていらっしゃるのですよね。優しいお嬢様でございます。


 アリスお嬢様は、新しい菓子屋が出来たと聞けば、直ぐに買いに向かいます。ご自身も菓子が好きであるのは、もちろんですが。何より多忙なアレックス様に差し入れとして騎士団へ持って行って差し上げるのです。


「美味しいものは独り占めしないで、みんなで分け合いたいじゃない?」


 なんて可愛らしく小首を傾げながらにっこり微笑んで言われると、一瞬、天使かと見紛うのですが「違う、違う、人間よ、人間」と、自分を宥めます。


「そうですかぁ? 私は一人で全部食べてしまいたいです」と、どうにか答えると。


「一人で食べても【美味しい】が半減するじゃない? 私の中の【美味しい】を倍にする為にも、差し入れは大事よ」


 でも、騎士団へ行くという事は、アリスお嬢様が苦手としているエバンズ団長様にもお会いするという訳で……。


「やぁ、アリス嬢。今日も変わらずお美しい」


 騎士団で一番の遊び人。レイモンド・ハリス様が、すかさずやって来ました。それを、遠く離れた場所にいた筈のオリバー・エバンズ団長様がいつの間にやらここに……。息を切らせながら二人の間に立ちはだかり、アリスお嬢様には見えない様にレイモンド様を軽く肘で押しやっております。


「アリス嬢、お久しぶりです。今日は、どうされたのですか?」


 アリスお嬢様は、若干、笑顔を引き攣らせつつも「アレックスに差し入れを」と言い「アレックスを呼んで頂けます?」と現役団長様を顎でつかう……。


「アリス!」


 団長様に呼んで頂きアレックス様がやって来ると、アリスお嬢様はバスケットを差し出し中身を見せました。すると、アレックス様は何とも分かりやすく瞳を輝かせ、破顔しました。


「これ、新しい菓子屋のだね!」

「アル、まだ食べてないでしょ?」

「うん、王都内の巡視で気になってはいたんだ。こんなに良いの?」

「皆さんと分けて食べて。あ、これだけはアル専用ね」


 一つだけリボンがついた詰め合わせの袋を取り出して、アレックス様に手渡すと、アレックス様は幸せそうに微笑み、こくりと頷きます。


「ありがとう、アリス」

「ううん。お仕事、頑張ってね」

「うん!」


 ……こんなやり取り、恋人同士ですよ。


 他の令嬢が見たら、アレックス様に声を掛けようだなんて、まともな人間なら思いませんよ。


 わたくし、マーサは思うのです。

 アリスお嬢様は、アレックス様を溺愛し過ぎていると。


 皆さま、どう思われます?


 アリスお嬢様がお嫁に行くよりも、アレックス様に恋人が出来ない確率の方が高く感じるのですよ。


 だって、きっと。今の調子だと、アリスお嬢様、小姑になりそうだと思いません?


「アレックスのことは、私が一番良く知っていてよ?」って感じで……。ねぇ……。ふぅ……。


 そんなこんなで、わたくしマーサは、切に願う。


 エバンズ団長様、さっさとアリスお嬢様に求婚して小姑阻止をお願い致しますっ!


 私の切実な視線を感じ取ったのか、エバンズ団長様が戸惑いながら、私から視線を逸らしました……。


 あれ? 


 なんか、変な勘違いなされたかしら?

 

 あれ?

 

 いやいやいやいや、違う違う、そうじゃないですからっ! エバンズ団長様っ! ちょ、何、申し訳ない、みたいな顔して私を見てるんですかっ! 違いますよー!

 



***



 何だか懐かしいですね……。

 アリスお嬢様、アレックス様……レオンも、旦那様も、みんな。

 どうか、無事にお帰りくださいね……。

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