第103話 正しい世界(ダリアside→アレックスside)


 鴉が随分と賑やかになり始めた。ようやく近づいて来たか。


「ダリア様、間も無く菫青石きんせいせきが自らここへやって参りますよ」

「ああ……この日まで、随分と時間が掛かってしまったが、いよいよだ」




 の身体を私のものにするまで、何だかんだと時間が掛かった。従ったかと思えば、突然、善人の良い子ちゃん顔をして抵抗してくる。共に復讐を誓ったと思えば、畏れ慄きだす。普通の人間であれば、あっさりと身体を受け渡すものだが。さすが、私の器となる女なだけあり、良くも悪くも意志が強い。まぁ、飼い慣らすのに時間がかかる方が魂の馴染みも良くなるが。最近では随分と従順で身体の持ち主であったダリアが出て来る事は、ほぼ無くなった。

 

 私がダリアを完全に取り戻したとき、セオデンは歓喜したものだ。

 鴉はバイルンゼル帝国が【魔女】を抱えた時から東の魔女の使い魔だ。

 鴉は賢い。代々、使い魔が代わるたび、ダリアの事を語り繋いでいたのだ。元々、鴉達が影の精霊を慕っていた事もあるが故、【東の魔女】そして、何より【闇の王】の復活を待ち望んでいた。

 私の復活を知った時のセオデンは「まさか私の代で復活なさるとは……! セオデンは幸せものでございます」と、相変わらず気持ち悪い笑みを浮かべ、涙を流していた。


 ようやく私の成すべき事が出来ると動き出した途端、【氷の間】に北の魔女の封印の陣が施されていることを知った。余計なことに、あの忌々しい【菫青石の宝珠】でしか陣を解けない様にされていたのだ。


 青紫の瞳を捜さなくては。


 ガブレリア王国に、今もフィンレイ騎士団がある事は、この身体のダリアの知識として知っていた。だが、ランドルフが設立した騎士団であるとはいえ、今でもランドルフの血が通う青紫の瞳を持った者が居るのかまでは分からなかった。ランドルフの者であったとしても、青紫の瞳で無くては意味が無いのだ。


 ガブレリア王国には、ランドルフ以外にも欲しいものがあった。


 ルーラの森だ。


 あの森が纏う魔力が今後、お父様の為に必要だと感じていた事と、あの森には精霊王が棲んでいる。その力が、私は欲しかった。


 帝国側がガブレリア王国を欲している事も知っている。だが、今の腰抜け帝王は、このまま待ったところで戦争をするという事は無さそうだ。ならば、そう仕向ければいい……。


 私は地底に棲む者を利用した。

 一番声の美しい、知識もある地底に棲む者に【言語】というを授け、魔法を纏わせた。バイルンゼル帝国に情はない。ガブレリア王国と共に潰せるのであれば、これほど素晴らしい事はない。

 だが、私の家族を殺した子孫だ。そう簡単に死なれては面白くない。地底に棲む者を側におかせれば自然とジワジワとその命を削る。だが、それじゃあ足りない。私が作った脳が萎縮する薬も飲ませよう。気が付いた時には知能は低下し手遅れとなった時に、始末する。何の抵抗もせずに殺されたお母様のように。何の抵抗も出来ず、死んで行くが良いのさ。


 地底に棲む者を上手く潜り込ませることに成功したら、次はガブレリア王国だ。

 どうせ潰すのだ。ならば、大々的に潰せば良い。フィンレイ騎士団は魔獣討伐専門だ。ならば、奴らが大好きな魔獣放てばいい。ランドルフの者も炙り出せるだろう。


 だが、ただ魔獣を放つだけでは面白くない。

 魔獣の血を使って【破壊の陣】を描こうと遊び心が疼いた。巨大なものを描こう。争いが始まり両国の兵士が相まみえたと同時に発動すれば、バイルンゼル帝国の人間もガブレリア王国の人間も、同時に滅することが出来る。なんて愉快な案だと、魔獣を放ち様子を伺いつつ陣を組む為の下調べをしていた夜の事。


 運命的な出会いをしたのだ。


 ランドルフの子孫が目の前に現れた。余りにも八百年前のルイスに似ているものだから、あの憎々しいルイスも生き返ったのかと思った程だ。魔眼については気が付いていない様だったが、そんな事はどうにでもなる。私が欲しいのは青紫の瞳だ。それがあれば、無理矢理にでも開眼させれば良いだけの話。


 だからこそ、奴が私の前に現れた瞬間、これは天が私達を導いて下さったのだ。

 いや、天では無い。お父様である【闇の王】が、私達のやろうとしている事が正しいと、本来在るべき世界の姿を取り戻せと、導いて下さっているのだ。そう、感じたものだ。



「お父様……『我がご先祖……』もう間も無くです。あと少しで【正しい世界】へと……。共に創り上げましょう。私達の世界を……」



 私は【氷の間】の閉ざされた扉を見つめ、口の中で呟いた。



♢♢♢



「アリス様……」

「どうした?」


 僕の腕の中でコレットが神妙な声で名を呼んで来た。


「なんだか、胸騒ぎがします……」

「胸騒ぎ?」

「このまま、ラッシュ達の後を追うのは、ダメだと。そんな気がします」

「え!? だが、ラッシュとローシュが北の魔女の場所へ連れて行ってくれると」


 コレットは顔を上げ空を仰いだ。


「さっき鴉の声が、変わった気がするんです……」

「声……?」


 鴉が騒がしいのは分かっていたが、確かに一度だけような声が聞こえたが、それ以降は高い声でずっと鳴いていた様に感じた。


「さっき、ラッシュが右へ走りだした場所、ありましたよね」


 確かに、二頭の行動が一度乱れた場所があった。それまでずっと真っ直ぐ走っていたラッシュが急に右へ寄ったのだ。だが、ラッシュに着いて行くようにローシュも右へ向かったので、それに僕等も着いて行ったのだが。


「何となくですが……。恐らく、ラッシュ達はセオデン様の鴉達に誘導されてます」

「何だって!」

「このまま行くと、きっとダリア様達の所へ向かう事になるかも知れません」

「でも、それは君の感覚だろ?」

「魔女のは、当たります」


 その言葉を聞き、僕はすぐにラッシュとローシュを呼び寄せた。


 だが、僕達のその判断は、残念ながら遅すぎた様だった……。

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