第102話 ブレンダのブローチ(ダリアside)


 私は静かに呼吸を繰り返した。


 私は自分の身体を抱き締めるように触れる。自分の子供の頃の事を思い出してみる。どの思い出の中にも、ブレンダやデールは出て来ない。私の知る私の母親は、黒い髪でも赤い瞳でも無かった。桃色の愛らしい髪と瞳を持った人だった。父親も、茶色い髪に空色の瞳だった。黒髪に赤い瞳は、遠い昔に居たと母親から聞いた事がある。その魔女は、とても強力な力を持った人だったと。母親は、その先祖と同じ容姿の私を見て誇らしげに他の魔女に紹介していた。ダリアという名前の由来については聞いたことがなかったが、いまなら彼女ダリアが由来だったのだろうと分かる。


「この子は将来、大きな事を成し遂げる子よ」


 そういつも言っていた。その事を、私ははっきりと覚えている。だから、あの幼いダリアは、私では無い別人なのだ。だが、何故か私は、全くの別人であるとは思えない妙な違和感が胸の中に渦巻いていた。


 私が一人、噴水の淵に座り考えていると、一人の地底に棲む者が、小箱を大切そうに持って私の前に立った。そして、その箱をうやうやしく私に差し出す。


「……それは?」

『ワタシタチノ、オウノ、タカラ……』

「宝?」


 それ以上を語らず、私に箱を押し付けるように差し出す。

 恐る恐る受け取ると、開ける様にと手振りで示す。

 私は生唾を一つ飲み込み、そっと小箱を開けた。


「これは……」


 中には、赤い色の石が付いたブローチ。

 ブレンダの持っていた物だと、すぐに分かった。


「これは、ブレンダの物よね?」

『ワタシタチノ、オウガ、アイシタ、ヒト……』


 私は箱からブローチを取り出した。すると、赤い色の石が、何故か揺らいで見えた。まるで、何か生き物がいるかのような、そんな動きが。私はブローチから目が離せなくなった。何か語りかけてきている、そんな気がして。


『ワタシタチ、アナタ、マッテタ……』


 私は地底に棲む者の声に顔を上げた。


「私を、待っていた?」


 地底に棲む者は、深く頷く。


『ワタシタチ、ヤミノ、オウ、フッカツ、サセル……ブローチ、ダリア、タマシイ、ヤドッテル……』

「え!?」


 その言葉に、私はブローチを見つめた。

 さっきから何かを感じるのは、あの子の魂がこの中に宿っているからこそ、なのか……。

 地底に棲む者は、私の手からブローチをそっと取ると、私の胸元にそれを付けた。

 その途端、私の心臓が、何者かに鷲掴みされたかのように痛み出した。


「うぅ……!!」


 私は、その場に蹲り、そのまま倒れたのだった。



***



『随分と弱い子だねぇ。私の魂が入ったくらいで、倒れるだなんて。お前、本当に私のなのかい?』 


 脳の中に響く声は、私の声ではないはずなのに、私の声で聞こえて来た。


『今日から、私がだ。お前はもう消えて良い。何の役にも立ちそうに無い』

「あ……あなたは、一体……」

『私は以前、ガブレリア王国の人間に殺された。でも……』


 そういうと、ダリアは私の胸元にあるブローチを指差す。


『お母様のブローチを依代に、自分の魂を移動させていた。私と同じ力を持つ魔女が現れるまで、ずっとこの時を待っていたのさ。私は必ずお父様を復活させる。その為には、お前の身体が必要なのさ……ねぇ、分かっただろ? 今日から私が、よ』


 その日から、私の中にダリアが棲みついた。

 最初は何度も抵抗をした。ブローチを外しても、何故か翌朝には私の胸元にあるのだ。意識を支配されては抵抗を繰り返す。何度も、何度も。

 また民達が、あの様な恐ろしい思いをするだなんて、私には耐えられない。私が出来る、全てを持って、阻止したい。そう思い、私はダリアについて調べ始めた。


 ダリアが言っていた、ガブレリア王国との争いは八百年前にあった。そこに、確かにダリアの名前が歴史書に書いてある。

 影の精霊が殺されたのは、この国が建国してすぐの頃だ。ダリアは、あれから何百年と生きたというのか。だが、私はすぐに、それはあり得ると考えた。

 何故なら、氷の精霊と魔女の子である北の魔女のナリシアは、八百年以上生きているからだ。精霊との子ともなれば、そうだろうと私は考えた。

 それから私は、地底に棲む者達に話を聞いたり、宮廷図書館で文献を調べたりして、ダリアについて、影の精霊についてを調べた。


『そんなに私を知りたければ、私に直接聞けば良いだろう?』

「あなたには聞かない。あなたは、自分の都合の良い事しか教えてはくれないだろうから。公平な目で見なければ」

『ふん。どうせ調べたところで、近いうちに私を受け入れる。私がになる』

「この身体は、私のものよ。あなたには渡さない」

『威勢だけはいいねぇ。そこは気に入ったが……。誰か来たね……』

「え?」


 ダリアの言葉に、私は窓から家の外を覗き見た。

 まだ大分離れた空に、西の魔女マルゼルダの姿が見えた。私でも分からなかった気配を、ダリアは気が付いていたというのかと、私は彼女の力の凄さを感じた。





 マルゼルダは、私のブローチを見て、すぐに破壊する様にと言った。


「ダリア、それは罠だよ。アンタの身体が乗っ取られる。それでなくても、ここんとこ、アンタは様子がおかしい時がある。アンタの中に、別人格が入ったんじゃ無いかと思うくらい。ダリア、悪い事は言わない、すぐに破壊するんだよ。なんなら、私も手伝ってあげるから」



 マルゼルダが帰った後、私の中でダリアが言った。


『あの魔女、今後の邪魔になるねぇ。始末しないと……』

「何を言っているの! ダメよ! そんな事させないわ!!」

『お前に何が出来る……』


 そのやり取りを最後に、私の中に棲むダリアが私を追い出し、全面に出始めた。

 私は、私の心の奥にある、ほんの僅かな隙間に追いやられ、閉じ込められ……。気が付けば、彼女と私は融合していた。


 人間が憎い。


 お母様、お父様を……我が先祖を、私の家族を、殺した罪は重い。


 必ず、復讐を。


 ダリアと私は、そう誓った。


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