第99話 空洞の奥へ(ダリアside)


 奥に進むに連れ蜘蛛の巣が増え、蟲も増えだした。これだけ蟲がいるということは、どこかに出口があるはずだ。私は蜘蛛の巣を払いながら、歩みを進める。

 随分と奥まで来たが、声は相変わらず近くもなく遠くもない距離を保っていた。

 私は万が一の事があっても、すぐに攻撃魔法を繰り出せる様に、杖をしっかりと握り直した。


『……アノコガ、クルヨ……ア……メノ……。ワレラノ……』


 途切れ途切れに聞こえる唄は、何故か私に対して歌われているような。なぜか、そんな気がしてきた。

 とても不思議な歌声だ。心を掴むような、誘われるような……。引き寄せられる、その声に、私の歩みは自然と早くなり出した。


 どこからか風が吹いて、よいよどこか他にも外に出られる穴がある筈だと確信を持った。

 道はどこまでも真っ直ぐだ。見落としていなければ、他に横道などなかった。だから、この道の先に外へ出られる穴がある。そう確信すると、次はこの長い隧道すいどうは一体どこに繋がっているのかと思考が切り替わる。この隧道の先に、この歌声と啜り泣きの主がいる筈なのだ。

 徐々に風が強くなりだす。間も無く外に違いない。だが、歌声も啜り泣きも、空洞に入った時と同じ大きさにしか聞こえない。

 もしかしたら、歌声や啜り泣きと感じているだけで、本当は単なる風の吹き抜ける音なのではないかとすら思い始めた。


 もう随分と歩いた頃、葉擦れの音が聞こえてきた気がした。心無しか足取りが軽くなる。もう少しで外に出られる。


「え……」


 外だと思ったそこは、外では無かった。


『……アノコガ、キタヨ』

『アノコガ……アカイ、ヒトミ……』

『アノコニ、カギヲ……』

『アノカタノ、タマシイ……』


 赤黒く染まる壁。

 目の前には、真っ黒な髪に対照的な真っ白な肌。額には二つの突起がある、黄色の瞳をした人間……。いや、違う。何かで読んだ事がある。この者らは「地底に棲む者」達だ……。

 バイルンゼル帝国が、この土地に生きているという……。地底に棲む者達は、絶滅したと聞いていたが……。


 代表者なのか、一人、私の前へ一歩出てきた。


『アナタノ、ナ、ハ?』

「私の、名前?」


 私は自分を指差しながら訊ねると、一人の地底に棲む者が、一つ顎を引く。


「私は、バイルンゼル帝国の東の魔女。ダリアよ」

『……ダリア……』

『アノコガ……』

『ダリア、キタ……』

『アノコガ。アカイ、メ、シタ、アノコ……』

『ヨイヨ……』

『ツイニ……』


 脳に響く声。私は、若干眉間に皺を寄せる。


『ダリア……マッテイタ……ズット……タツマキデ……ヨビヨセタ……』


 その言葉に、私は振り向いた。


「どういうこと……。竜巻って……あなた達が起こしたというの!?」


『ソウ……ダリア……カエッテ……キタ……』


 なんていう事……。私が絶句していると、一人が私の前へやって来た。そのまま私の腕を掴むと、乱暴に引っ張って、どこかへ連れて行こうとする。


「いッ! 痛いわ! 離して!」


 そう言うと、私の腕から手を離す。


『ツイテ、キテ。チャント』

「ええ、わかったわ……」


 そうして連れられたのは、小さな噴水……とは、あまりにもお粗末な作りの、それがあった。

 地底に棲む者は、私を噴水の縁に座る様に手招きをする。


『ダリア……コノ、ミズノ、ナカ、ハイル』

「……私に、この噴水の中に入れと言いたいのね?」


 そう確認をすると、地底に棲む者は深く頷いた。

 きっと、この水に浸からないと、いつまでも此処から出してもらえない。


 私は意を決して、噴水の中に両足を浸かった。

 ひんやりと冷たい水は、どこか生き物の様に足に纏わりつく。暫くすると、噴水の水が一部渦を巻き始め、私の足を引っ張る様に強く渦に引き摺りこもうとする。

 必死に魔法で渦を消そうとしたが、それは出来なかった。代わりに更に強い力で下へと引っ張られた。


 気が付いた私は、ぼんやりする思考の中で辺りを見回す。噴水は何処にも見当たらない。


「ここは、森……?」


 青々とした葉が枝葉を広げ重なり合う。その隙間からは、木漏れ日がキラキラと遊ぶ様に溢れ落ちてくる。私が空洞に入った時は、確かに夜中だった。もう、昼になる時刻だというの?


 考えを巡らせていると、先程の地底に棲む者達の歌声とは違う、明らかに別の声が聞こえたきがした。


 私はゆっくり立ち上がり、その声が聞こえて来る森の奥へ向かうことにした---。

 


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