ダリアという名の魔女

第98話 竜巻の後に(ダリアside)


 私は一人、【氷の間】の扉の前に立っていた。

 天井まで届く大きな扉に、北の魔女であるナリシアが刻んだ忌々しい封印の陣が。私はそれを睨み付ける。


 だが……。

 これが破れるのも、もう間も無くだ。【菫青石の宝珠】が間も無く私の元へ……。


 私は胸元に付けた赤く染まるブローチをそっと撫でた。


「お母様……。間も無くですわ。影の精霊様……いえ、の【闇の王】を、必ず私が蘇らせますわ……」


 ブローチは、まるでその言葉に反応するかの様に赤黒く染まったかと思うと、すぐに鮮血のような赤に戻る。


 このブローチを手にしたのは、竜巻のあった三日後の事だった。



***



 私は他の魔女達と共に人命救助を終えた後日、被害の酷かった土地を巡る事にした。最初に訪れたのは、崖近くの風車小屋。

 風車小屋の外では風車守りが、何処からか飛んできた瓦礫を片付けている最中だった。


「これは、これはダリア様。わざわざこんな場所にまで来て頂き、ありがとうございます」


 風車守りは被っていた帽子を取り、深く身を屈め挨拶をした。


「ここが一番被害が酷かったと聞いたわ。ダグラス、風車小屋は異常ない?」


 ダグラスと呼ばれた風車守りは、帽子を被り直し「ええ」と頷いた。


「お陰様で小屋の方は無事でございます。ですが、ひとつ気になる事がございまして」

「気になる事? それは何かしら?」

「こちらでございます」


 ダグラスが先を行き、私は後に続いた。


「あの竜巻で、大岩が動いた様でございまして」

「え! あの大岩が!?」

「ええ、そうなんでございます。それで、あの岩の奥に空洞がございまして」


 ダグラスの案内で辿り着いたのは、風車小屋からさほど遠くない場所にある、こんもりとした小さな丘だ。

 その丘には、人の背よりも大きな岩が一つ。不自然にそこにあった。だが、人が運ぶには巨大過ぎるため、昔からその状態であったのだろうと思っていた。

 ダグラスの言う通り、大岩が見慣れた定位置より僅かに右に寄っていた。

 岩に近寄り覗き見ると、確かに空洞になっている。


「夜中になりますと、どうも人の声がするのでございます。何を話しているのかは分かりませんが、声と共に啜り泣く声が致しまして。なんとも薄気味悪い声でございます。それで、昨夜、私は勇気を出して、この空洞の奥へ声を掛けてみたのでございますが、何の返答もなく啜り泣く声のみが聞こえるだけでした」

「中へは入ってみたのかしら?」

「いいえ、あっしのこの身体では、その隙間を通れませんで」


 風車守りは、上背があり体格も良い。力仕事が多いからであろう、その身体を見て、私は納得をした。確かに、この隙間は女子供か、身体の細い男で無ければ通れないだろう。


「わかったわ。今夜、私が中へ行ってみるわ。今日は他の場所を回って、また夜にここへ来るわね」


 そう言うと、ダグラスは「ありがとうございます」と、再び帽子を取った。


「ならば、夕餉の用意をしてお待ちしております。ダリア様のお口に合えば良いですが」

「ありがとう、ダグラス。あなたの作るパンもミートボールも絶品で大好きよ。楽しみにしているわね」


 ダグラスは嬉しそうに、わははと笑うと「分かりました。ミートボールをご用意してお待ちしております」と頷いた。


「では、また夜に」

「ええ、お気を付けて」

「ありがとう」


 私は箒に乗って、ひとまず別の災害地へ向かった。



***



 太陽が水平線へ沈む頃、私は再び風車小屋へ向かった。

 ここは元々風が強い場所ではあるが、今夜は特に強く感じる。私はしっかりと箒を握りしめ、風車小屋へと慎重に近寄り降り立った。


「ダグラス、こんばんは。ダリアよ」

「ああ、ダリア様。こんばんは。どうぞ入って下さい。丁度、ミートボールが出来上がったところでございます」


 言葉の通り、とても美味しそうな香りが部屋に漂っている。

 私は部屋へ通され、テーブルについた。

 テーブルには既にパンやサラダ、果物などが用意されていた。


「こんなに用意しなくても良かったのよ?」

「いえ、ダリア様は大切な魔女様でございますから。あっしなりのもてなしでございます」

「ふふ。ありがとう、ダグラス」


 夕餉はとても穏やかで優しい時間であった。お母様が亡くなって以来だ。久々に誰かと共に食べることに、とても嬉しく感じた。

 食事を終え暫く雑談をし、話題がそろそろ尽きそうな頃、時計に目をやる。間も無く、泣き声がするという時刻になる。

 ダグラスも時計に目を向けていたようで「いつも通りであれば、そろそろ聞こえる頃でございます」と、先程までと違い声を落として言う。

 私はそれに黙って頷き、以降、二人の会話は途切れた。

 目を閉じて外へと耳を澄ます。どのくらいそうしていたか。最初は空耳かと思うほどの小さな声だった。ダグラスが「聞こえてきました。この声でございます」と囁く。それに私は一つ頷く。


『……アノオカタ……カエリヲ、マツ……ユメミタ、セカイ……ワタシタチノ……』


 それは、言葉、というよりも唄の様にも聞こえる。まるで、吟遊詩人の唄の様だと、私は思った。


「もっとハッキリと聞きたい。大岩の場所へ行くわ」

「あっしもお供します」

「ふふ。あなたは入れないでしょう?」

「は、入れは致しませんが、入り口でお待ちしております」

「ありがとう。では、行きましょう」

「はい」


 ダグラスが持つランタンの灯りを頼りに、私達は大岩のある丘までやって来た。

 相変わらず外の風は強く、また竜巻がおきやしないかと、一抹の不安が心を過ぎる。が、すぐにその事を忘れてしまうほど、空洞から聞こえてくる啜り泣く声と重なる歌声が、大きくなり始めた。泣きながら歌っているのか。

 私は空洞の中に向かって声を掛けてみた。


「どなたか、いらっしゃって?」


 歌声も啜り泣きも止む事なく聞こえてくる。


「あの、どなたか答えてくださる? なぜ泣いてらっしゃるの?」


 相変わらず、先ほどと同じく誰も答えない代わりに、歌声と啜り泣きは聞こえてくる。


「ダグラス、私、行ってみますわね」

「ダリア様、どうかお気を付けを」

「ありがとう」

「なにかあれば、すぐに逃げてくださいませ」

「ふふ。私を誰だと思っているの? 私はこう見えて【東の魔女】よ?」


 そう言って微笑んで見せると、ダグラスは顔中くしゃくしゃにして「そうでございました」と言い頷いた。それでも、再度「お気を付けて」と言って私を見送った。


 私は杖を振って光の玉を現すと、杖の先に乗せて空洞内を照らした。空洞の中は、思いの外広い。どうも、まだ先に続いている様に見える。


「ダグラス」


 空洞の入り口に向かって声を掛ける。


「はい、ダリア様、ここにおります」

「この先にまだ道が続いている様だわ。私、ちょっと行ってみますわね」

「くれぐれも、お気を付けください」

「ええ、ありがとう」


 私は、空洞の先を照らし、歩き出した。足元は、ガタガタで歩きにくい。空気も埃っぽく感じ、私はローブの袖で口元を押さえながら先を行く。


 歌声と啜り泣く声は、近くなりもせず、遠ざかりもしない。同じ距離を開けながら歩いているのか。不思議に思いながら、真っ直ぐに続く道を歩いた。

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