第96話 北の魔女の屋敷(アレックスside)


 コレットの案内で、僕らは森から少し外れた場所へ向かった。森を出てすぐ、一気に気温が下がったのが肌感覚で分かる。

 

「コレット、寒くない?」

「はい、大丈夫です。アリス様は? 大丈夫ですか?」

「僕は大丈夫。ありがとう」


 歩みを進めるにつれ、足元に雪らしき物がちらほらと見て取れる。

 ここは標高が高いのかと思っているとコレットが僕の思考を読んだように答えた。


「北の魔女のナリシア様は、お父様が氷の精霊様なんです。だから、ナリシア様にも氷の妖精様達が守護として共に居るんです。そのため、ナリシア様のお屋敷近くは標高関係なく雪が多くあるんです」

「なるほど……」

「あ、見えて来ました」


 コレットが指差す方角へ顔を向ける。が、僕が想像していた様な屋敷は見当たらず、随分と可愛らしい……王都の城を、まるで精霊用に小さくした様な家が現れた。

 そして、近くまで来て更に驚きの声を上げる。


「もしかして、氷で出来ているのか?」


 そう言って、門に触れようとすると、何かの鳴き声が近寄ってきた。僕は身構え、コレットを自分の背に隠す。


「アリス様、大丈夫ですよ」とコレットは僕の前に出た。


「「ウォン! ウォン!!」」

「ラッシュ、ローシュ、こんにちは。大きくなったね!」


 氷の門の向こうに、二頭の銀灰色のオオカミが愛想良く尾っぽを振って吠えている。コレットが門の前に屈み格子越しに手を伸ばすと、二頭はコレットの手にモフモフの頭をグイグイ押し当てた。


「この子達は……」

「オオカミのラッシュとローシュです。ナリシア様の使い魔の子供達です」

「オオカミにしては、随分と愛想がいいな……」

「ラッシュとローシュは、特別だと思いますよ」


 と、コレットは格子越しに頬を舐められ笑いながら言った。


「ふふ。ねぇ、ラッシュ、ローシュ。ナリシア様はいらっしゃる?」


「ウォン!」と、一匹が吠える。


「ん? いないの? どこか出掛けてしまったの?」


「クォーン」次はもう一匹が。


「どこへ行かれたか、分かる?」

「「ウォン!」」

「え? 呼んでくれるの? それは助かるわ! ありがとう」


 コレットが、オオカミと会話している……。


 オオカミ達は、鳴き声を上手く使い分け、本当に会話しているように感じ、僕はただただ、そのやり取りを呆然と眺めていた。


 一通り会話が終わったのか、オオカミ二頭が姿勢正しく座り、天に向け遠吠えを始めた。

 遠吠えを終えると、耳をピンと立て、僅かに動かす。きっと、返答を捉えようとしているのだろう。すると、再び遠吠えを始めた。

 何度かそれを繰り返し、二頭がコレットに向いて尾っぽを振るう。


「クォーン」

「……そうなのね。分かったわ。それじゃあ、一緒に来て、案内してくれる?」

「「ウォン! ウォン!」」

「ありがとう」


 何かが成立したらしい……。


 僕は黙ってコレットの言葉を待った。コレットは僕を見上げ「ナリシア様は山の中に居るそうです。この子達が案内役になって、連れて行ってくれる様です」と、にっこり微笑んだ。


「コレットは、オオカミの言葉が分かるんだね……。すごいや……」


 心底感心していると、コレットは首を横に振った。


「いえ、分かりません。ただ、何というか……。この子達が伝えようとしている事が、頭の中に映像として浮かび上がるんです」

「え! その方がすごいじゃないか!」

「いえ、この子達が使い魔の子供だからこそです。他のオオカミや生き物達については、わかりませんから」


 魔女という存在は、本当に不思議だ。ガブレリア王国の【魔力】とは、やはり異なる物なのだろうか。東の魔女やコレットが繰り出す魔法は、見聞きする事が初めてのものばかりだ。それを、この短い期間で体感してきたが……。


「魔女の使い魔なら、自分の使い魔じゃ無くても、会話が成り立つの?」

「そうですね。基本的には分かります。使い魔には、魔女の力が流れているので。その影響かも知れません。子供の頃から自然に分かっていたので、はっきりした事は分かりませんが」


 いくら他の魔女が契約しているとは言え、人間意外の生き物と主従契約無しでも話せるとは……。もしかすると、ガブレリア王国の【魔法】や【魔術】よりも上回る力が、魔女にはあるのかも知れない。そう考えると、この度の東の魔女が加担する争いは、今まであった小競り合いの様な争いでは済まない。そんな気がした。

 

 もし、コレットの言う通り、北の魔女が僕を手助けしてくれるいうのなら、それは願っても無い事だ。魔女の魔術に詳しいのは、魔女であろうからだ。だが、そうは言っても僕は相手からすれば【敵国の人間】だ。

 そう簡単に話が通じる相手だろうか……。

 

 僕はまだ見ぬ北の魔女を思い、氷の門を魔法で開けるコレットの後ろ姿を、無表情で見つめていた。

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