第94話 いざ、フェリズ山脈へ(ヒューバートside)


 ルーラの森から邸へ戻ると、エドワードが愛馬を走らせている姿が上空から見えた。

 私はラファエル殿に正面玄関側へ降り立つ様に頼む。

 私達が邸に降り立ってすぐ、エドワードが正門へ到着し、そのまま馬を走らせ私達の前で止まった。


「父上! ちょうど良かった!」

「どうしたんだ、そんなに慌てて」

「バイルンゼル帝国が宣戦布告を出して来ました!」

「なに!?」


 この国に於いて、宣戦布告をされてから戦闘開始まで約五日間の猶予がある。


「私は魔術師団で王国全体の結界を強化しに行きます。それから……」

「エドワード」


 エドワードが話を続けるのを遮り、私は息子に向き直る。


「八百年前と同じ事が起きようとしている。この争いで、疫病が流行るかも知れぬ」


 それだけ言うと、エドワードはすぐさま「ならば、薬学に詳しい者達を集めましょう」と頷く。


「治癒魔法が使える者は少ない。民の中で、治癒魔法が使える者達も集めた方が良いだろう」

「わかりました。王太子にも伝えておきます」

「私は、国王陛下と謁見した後、ラファエル殿と共にフェリズ山脈へ向かう」

「ち、父上! 何を仰っているのですか! こんな時に何故フェリズ山脈へ! 父上は元フィンレイ騎士団団長として、この王都でやらねばならぬ事がたくさん……!」

「分かっている。しかし、今行かなくては行けないのだ。だからこそ、国王陛下にお会いし、許可を頂く。この争いの発端となる全ての根源がフェリズ山脈にあるのだ。私は、それを見つけ出し、破壊しなくてはならないのだ」

 

 静かに語る私の言葉に、エドワードは黙って耳を傾け、私の妻にそっくりなその瞳を閉じた。

 何かを考え、導き出した答えに納得をしたのか、一つ顎を引くと、その目を開き私を真っ直ぐに見つめた。


「父上を、信じます。必ず、破壊して。必ず、生きて帰ってください」

「ああ、もちろんだ。エドワードも、必ず生きろ」


 エドワードは深く頷く。


「私は、この王都で自分のやるべき事を行っていきます。そして、何があっても生き延びてみせます」

「ああ。お前は私の自慢の息子だ。お前の力を信じているぞ」

「ありがとうございます、父上。父上もラファエル殿も、どうぞお気を付けて」

「ああ。ありがとう」


 エドワードが立ち去ると、私は愛する妻の元へ走った……。



 翌日。

 私は国王陛下との面談をし、風の精霊王との話のこと、私がこれから行わなくてはならないことを全て話した。元フィンレイ騎士団団長として、国に残り戦う事が出来ないと伝えると、国王陛下は、私にフェリズ山脈へ向かう様に伝えた。


「ここは私の国だ。私が守ってみせる。私が向かえない代わりに、ヒューバートがフェリズ山脈にある【ある物】を見つけ破壊するのだ。それが、其方の使命だ」


 面談を終えると、急いで出立の準備を整え、邸に張った結界を強固なものにする。ちょっとやそっとでは、魔獣はもちろん、矢も剣も貫通出来ないものだ。


 玄関先で愛する妻と別れの口付けを交わすと、私はラファエル殿の背に乗って、フェリズ山脈へと急いだのだった。



♢♢♢



 ラファエル殿は、休まず飛び続けてくれた。北の砦まで、転移門を使おうかと思ったが、ラファエル殿が大き過ぎて邸に入れないこともあり、飛んで行く事になった。ラファエル殿は文句ひとつ言わず、二度だけ僅かな休憩を取るだけで飛び続け、お陰で北の砦まで一日で辿り着いた。が、砦へは立ち寄る事はせずに、そのままフェリズ山脈を目指した。


 しばらく飛んでいると、ラファエル殿がレオンの気配がすると言った。


「魔獣が出たのだろうか。討伐をしている最中やも知れぬ」と言った私の言葉に、ラファエル殿は否と言った。


『戦闘をしている気配では無い……だが、とても緊迫した気配だ……』

「それは気になる。行ってみましょう」

『良いのか? 先を急がないで』


 その言葉に私の心は躊躇なく「大丈夫だ」と指示を出す。寧ろ、行かねばならぬと。



 ラファエル殿はバサリと翼を大きくはためかせた。



 暫く飛んでいると『いた!』とラファエル殿。


 私は自分の目を疑った。


 何故ならば、フィンレイ騎士団とバイルンゼル帝国の軍が、向かい合わせているからだ。

 そして、その両者の間には、レオンとアレックスの格好をしたアリスの姿が。


 私は一瞬、意識が飛びそうだったが何とか堪え、ラファエル殿に、あの両者の間に降り立って欲しいと頼んだ。

 これから戦いが始まるかも知れない、その両者の間に……。

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