第93話 夜明け前(セオデンside)


 私の城を監視している鴉から、他の鴉へと次々と伝達が送られ、私の元に報せが届いたのは、夜明け前だった。私は急いでダリア様の寝室へ向かい報告をすると、ダリア様は「すぐに支度をしフェリズ山脈へ向かう」といった。

 夜明け前の空は、意外と暗いのだ。私の目では見えにくい。夜明け前とはいえ、短い距離ならともかく長い距離を飛ぶには厳しいと思っていると、ダリア様が……。

 こ、このセオデンを、一緒に箒に乗せて下さると言うではないか!


 私の心は天にも昇る気持ちで、思わずランドルフの小僧に感謝してしまいそうにすらなった。

 

 だが、その思いもすぐに消える。


 鴉達からの伝達によれば、逃亡を手助けしたのは、西の魔女候補であるコレットだと言うではないか……。


 これは、いただけない。


 あの小娘はまだ魔女の力そのものを得ていなくても、元々持っている魔力が強い。あの小娘は、まだ自分では何も気が付いていないが【浄化魔法】の力があると、ダリア様がおっしゃっていた。何とも厄介な魔法だ。

 何かのきっかけで、眠っている力が呼び起こされでもしたら【正式な魔女】になっていなくても、それなりの力が発揮されてしまう。それを今までダリア様が監視をして抑えつけて来たというのに……。今までのダリア様の子守りが無駄になってしまう……。


 ダリア様の用意が整い、私達はフェリズ山脈へと急いだ。


「速度を上げる。振り落とされないよう、しっかり掴まっているんだよ」


 ダリア様の言葉に、私は高揚しつつダリア様の腹周りに抱きつく。ダリア様の背中に頬を押し付けると香りが深く私の中へ入り込む。

 ふくよかな胸が腕に僅かに当たり、私の興奮は頂点に……。


「誰が私の身体に掴まれと言った。箒の柄をしっかり掴まるんだよ」


 思い切り手を叩かれてしまった……。いや、しかし、その痛さもまた、いい……。


 私は非常に残念に思いながらも腕を離し、箒の柄を握る。


「飛ばすよ」

「はい、ダリア様」


 私の返答を待たず、ダリア様は超高速で箒を飛ばした。



****



 屋敷を出てから、二時間半ほどで私の城に到着した。

 あまりの高速に私は若干吐き気を催したが、何とかダリア様の背中と箒を汚す事なく耐える事が出来た。


 空はだいぶ明るくなっており、私達が城の入り口に降り立つと、鴉達が一斉に鳴き交わす。


「……ダリア様、奴等は洞窟の裏側から入ったようです」

「ならば裏へ行くぞ」

「はい」


 私達はすぐに洞窟の裏口へ向かった。

 

 そこには、無数の魔獣の死屍が転がっていた。

 ダリア様はそれを見て小さく鼻で笑うと、洞窟の中へ入って行った。


 魔獣の声が聞こえない事に、私は嫌な予感を持ちながらダリア様の後に続く。


 裏口からすぐの部屋は、ガラス製容器に眠る子供達だ。……が。


 部屋に近くなるにつれ、足元に水が流れているのがわかった。私は、ハッとし、ダリア様を追い越し部屋に駆け寄った。

 施錠は外され、中へ入ると全てガラス容器が破壊され、子供達が地面に倒れ込んでいた。


 私は走り次の部屋へ向かうと、そこも施錠が破壊されており、急いで中へ入るが。


「……あの、クソガキがぁぁぁぁぁあああ!!!」


 私の大切な子供達が、全て殺されている!

 私はその場に膝をつき、泣き叫ぶ。


「セオデン、地下へ行くぞ」

「……ダリア様……」


 ダリア様を見上げると、何故か笑みを浮かべていた。

 私は、その狂気的な笑みにゾクリとした。

 

 ダリア様は私を通り越して、真っ直ぐと先へ進む。その後を急いで着いて行き、鉄格子の鍵を開ける。

 すると、その前に黒い塊が一つ。


「ダリアサマ……」


 黒い塊が、汚く聞き取りにくいしわがれ声を発する。


 地底に棲む者だ。


 魔獣の部屋とは反対側にある空間に、此奴らは暮らしている。

 昔、罪人達がここに収容された時、勝手に棲みついた様だ。此奴らは、人間の生気が最高のご馳走だ。罪人の命など、誰が惜しむ。牢の中で罪人が次々と不審な死を遂げても、誰も何も調べない。誰も何も、思わない。


「何か見たのか」


 ダリア様が冷えきった瞳で地底に棲む者を見下ろす。

 地底に棲む者は、もそりと動き頷く。


「アイツ、メノイロ、カワッタ。……アイツ、ダリアサマ、サガス、メノイロ、シテタ」


 その片言の言葉に、ダリア様は「ふふ」と低い声で笑いだし、次第に大きな笑い声が響き渡る。


「セオデン! あのランドルフの坊ちゃんは、どうやら薬をちゃんと飲んでいた様だねぇ。お前が一緒に過ごした時に飲んだのだろうよ。お前も少しは役に立っていた様だ。ええ? セオデンよ」


 その言葉に、私は素早く跪く。


「有難きお言葉……」

「セオデン。ランドルフの坊ちゃんは、魔眼を開眼させ、ここに居る。なんたる幸運だろうねぇ? セオデン」


 跪いたまま、ダリア様の言葉に「はっ」と返事をする。


「今すぐフェリズ山脈へ連れ戻すぞ。まだそう遠くへは行って無いだろうさ。あのお方が封印されている【氷の間】へ、ランドルフの坊ちゃんを連れて来い」

「必ずや、ダリア様の元に」

「次の失敗は、許されない」

「はっ!」


 私は鴉の姿に戻り、洞窟を飛び出したのだった……。

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