第92話 収容所(アレックスside)
コレットの光魔法で先を照らし、洞窟を進む。身体に絡みつく様な空気に、徐々に唯ならぬ気配を感じ始めた。
コレットの手を握り直すと、彼女も強く握り返して来た。
はじめは何の整備もされていない壁と地面だったが、奥に進むに連れ壁と地面が人の手によって造られた空間である事が分かった。
「……ここ、もしかしたら、昔の収容所だった場所かも知れません……」
コレットが声を潜め言った。
「収容所?」
「はい。今は使われて居ない筈ですが……。昔、罪人を収容する場所が、フェリズ山脈の麓近くにあったと聞いた事があります」
その言葉に僕は納得した。なだらかな傾斜。少しずつ、確実に地下へ向かっている道。
暫く黙って歩みを進めると、仄暗い光が見て取れた。
僕らは一旦止まって、防御魔法を掛けた。
「コレット、いいね? 約束、ちゃんと守ってね?」
「はい。いざとなったら逃げて、他の魔女に伝えます。お約束します」
「それじゃあ、行くよ」
「はい」
夕暮れ色に照らされた通路を、慎重に歩く。
僅かに呻き声が聞こえて来た。
魔獣か。
僕はコレットの手を離すと、彼女に再度、防御魔法を重ねて掛ける。そして片手に持った剣を持つ手に力を入れて、自分に身体強化魔法を掛けた。
道なりに沿って真っ直ぐ進むと、鉄格子が現れた。鉄格子には鍵が掛けられていた。すると僕の前に一歩出たコレットが、魔女の杖の先を鍵に当てがえて、聞き慣れない呪文を唱えた。
ガチャリと鍵の開く音が聞こえ、鉄格子がギギギと音を立ててゆっくり開く。
「鍵に呪文除けなど細工がされて無さそうだったので、やってみました」
そう言うと、にっこりと満面の笑みを浮かべた。
僕は一瞬唖然としたが、すぐに怒った顔を見せて笑顔のコレットの頬をつねる。
「今は何も起きなかったから良かったけど、何かあったらどうするの! この先、何があっても勝手に行動しない事!」
「ふぁい……こめんにゃふぁい」
「うん!」
僕は、コレットのつねった頬を軽く撫でて「じゃあ、行こうか」と、再度手を繋ぐ事にした。
この子は、手を離すと何をしでかすか分からない……。ん? ……この感じ……。どこかの誰かさんと似てる……。
……アリスが何人も居ては困る……。
思わず目が据わってしまう……。
そんな事を思っていると、夕暮れ色の明かりが、更に増え明るくなっている空間が見えて来た。呻き声が大きくなる。
僕はコレットを自分の後ろにまわし、先に進む。
「コレット、無茶するな」
「はい」
「行くぞ」
「はい!」
空間へ入り込むと、そこにはガラス製の巨大な容器に入った魔獣が何十頭と液体の中にいた。
「な……なんだ、ここは……」
液体の中で蠢く魔獣の姿は異様で、赤い眼が狂化していることを物語っている。
「ここで、魔獣を狂化する実験をしているのか……?」
「アリス様……あの先にも、鉄格子があります」
コレットが真っ直ぐ腕を上げ指を指す先。
確かに、鉄格子がある。
僕は、あの先へ僕だけが行くべきだと感じた。
「コレット。この先は僕一人で行く。君は、この部屋全体を太陽と同じ明るさにしてくれ。そうすれば、魔獣が暴れる可能性が少なくなる。その後、この容器に空気を送り込む管があるはずだから、それを見つけて空気を送るのを止めて欲しい」
「……はい」
「僕が行く奥へは、僕が呼びに来るまで来てはダメだ。いいね?」
「はい」
「良い子だ。では、ここを頼む」
「アリス様、お気を付けて」
「ありがとう。コレットも、無茶しないで。危険を感じたら、大声で僕を呼ぶか逃げるんだ。約束だよ?」
「はい」
コレットの頭を軽く撫で、僕は一人、先を歩いた。
呼吸を深く吐き出してから鉄格子の前に立つと、雷の魔術で鍵を破壊して奥へ向かった。
目に飛び込んで来た光景に、僕は驚愕した。
先程のガラス製の容器の中の魔獣とは違う。今すぐにでも動ける状態の
牢に体当たりし、吠え、唸り、鉄格子を揺らす。
「なんてことだ……」
この魔獣達がなんの為に牢に繋がれているかは、分からない。今回の争いの為なのか、それとも先程見た、魔獣の実験の為なのか。
だが、こんな数が町に出たら……。
「……数分もしないうちに、みんな噛み殺される……」
僕は体の内側から込み上げる怒りと同時に、ふと両の目に違和感を覚えた。だが、その違和感はすぐに感じなくなる。剣に魔力を込める。いつもより、力が漲る……不思議な感覚。身体が軽い。
「繋がれて動けない君達には悪いけど。君達が自由を手にした時、僕はきっと『やっぱりあの時、倒しておくべきだったのだ』と後悔するだろう。だから、悪いけど。今、君達の命を貰うよ」
僕は両の眼を閉じる。
すぅっと息を吸い込むと、一気に部屋を駆け抜けた。風魔法を使ってもいないのに、身体が軽くいつもよりも素早く動ける。この感覚は、今まで感じた事がない。
僕が通り過ぎた先から、魔獣に雷が落ちていく。そして、魔獣のその胸には氷の矢が刺さっていく。全ての動きが緩やかに見える。何故だろう。
全ての魔獣が痺れ悶え、倒れていく。肉が焼け焦げた臭いと血生臭さが充満しだし、僕は指を鳴らして空間全体に雨を降らせた。臭いが徐々に収まる。魔獣が動く気配は一切無くなった。
僕は小さく息を吐き出すと、両の眼の違和感も消えた。
コレットの居る隣の部屋へ向かった。
コレットは既に空気を送るのを止める事に成功しており、ガラス製の容器に入った魔獣はグッタリと動かなくなっていた。
「アリス様! ご無事で良かったです。空気管は止めました。それから、この液体は魔獣達を成長させるもののようでしたので、その効果を無くす薬を投入しました」
「え? どうやって……」
「そこに、薬草がたくさん保管されていたのです。組み合わせによっては、効果を無効化出来る薬草があります。その薬草が揃っていたので、それを急いで調合して流し込みました」
コレットが指差す薬棚を見て、僕は呆気に取られた。このたった数分でこの子は……。僕は、ははっと短く笑った。
「コレット、よくやった。それじゃあ、仕上げは僕が」
僕はコレットの手を取って、洞窟から入って来た鉄格子の前まで来ると、剣に魔力を込めて薙ぎ払った。
手前から順にガラス製の容器が弾け割れていく。バチャンと大きな音を立てて魔獣が地面に落ちていく。全部が落ちると、僕はもう一度、剣に魔力を込め、足元に流れて来た液体に剣先で触れた。触れた先から、稲妻が地を這うに流れていく。
「これで、心肺停止はしただろう。よし、長居は禁物だ。早く出よう」
僕がそう言いコレットを見ると、コレットが口をあんぐりと開けて、僕を見つめていた。
「コレット?」
「ア、アリス様は、一体、何者ですか?」
魔法はそんなに使えないって言ってたのに……と、ぶつくさ何か言っていたが、僕はそれらを全て無視してコレットの手を引き、走り出した。
さっきの眼の違和感は何だったのか。
そんな事を思い出しつつも、早くこの空間から出て行かなくてはいけない。そんな気がして、僕は走った。
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