第91話 洞窟へ(アレックスside)


 魔獣の群れは、数えてはいないが、全部で二十頭近くはいた。僕は肩で息をしなが、最後の一頭を斬り捨てる。


「アリス様!」


 上空から声がし見上げると、箒に乗ったコレットが降りて来た。


「アリス様、大丈夫ですか?!」

「ああ、ありがとう。大丈夫だ」

「腕を怪我してます!」


 そう言われて、左の上腕の騎士服が破れている事に気が付いた。その傷を見て、じわじわと沁みる様な痛みを感じはじめる。


「魔獣は爪に毒があるものもいますから。私が作った毒消しの薬を飲んでください。あと、塗り薬も……」


 コレットは自分の鞄の中から、薬瓶を取り出すと僕に手渡し、続いて僕の腕の治療を始めた。とても手際がよく、あっという間に包帯が巻かれていく。

 僕は先程、魔獣との戦いで自分に纏っていた姿隠しの魔術を解除していたが、少しでも回復を早める為に、一時的にコレットに纏っている姿隠しの魔術も解除した。そして、コレットを信じ薬瓶の蓋を開け、一息に飲み干した。

 コレットの薬は、何故かアリスの作る薬に似た味がして飲みやすく、僕は少し驚いた。そして、傷による腕の痛みが一気に緩和され、その即効性に更に驚いた。


「ありがとう。助かったよ」


 僕が礼を言うと、コレットは安心した様に小さく微笑み首を横に振った。


 それにしても……。


 僕は魔獣が出て来た洞窟に目を向ける。


 こんな所から、あんなに多くの魔獣が。しかも、何種もの魔獣だ。

 僕は何やら、この洞窟の奥へ行かねばならない、そんな気がしてコレットに目を向けた。

 この子をこれ以上、巻き込むわけにはいかない。ここまで来れば、あとは自分でどうにかガブレリア王国へ行く事は出来る。

 だが、このは、彼女を連れて行くには危険性が高すぎる。何が起こるか分からない危険度は、ここまで来る道のり以上だ。

 コレットは鞄に治療道具をしまい終えると、真っ直ぐに立ち上がり、僕を見下ろした。


「行きましょう、アリス様」


 可愛らしい顔付きがシュッと引き締まり、目の中に凛々しい光を宿す。


「洞窟の中、行かれるのでしょう? 行きましょう」


 その言葉に、僕は目を大きく見開き立ち上がった。


「コレット、君とは、ここでお別れだ。この先は僕一人で行く。ここまで連れて来てくれた事には感謝する。ガブレリア王国へ戻って全ての事が落ち着いたら、この礼は必ずする。だから、君は西の地へ帰るんだ。いいね?」


 僕はコレットの両肩に手を置いて、その瑠璃色の瞳に言い聞かせる。だが、コレットは……。


「何故ですか。私が、アリス様の足手纏いだからですか? 私はこの国の魔女です。ここまで来て、見て見ぬフリは出来ません。さっき見たバイルンゼル帝国の兵士達。戦争が始まろうとしている事は、私にだって分かります。我が国が、この争いの為に魔獣の飼育を行っていたのであれば、私はこの国の魔女として、それを知る権利がある。この国の民を守る為に。まだ【正式な魔女】では無いですが、民を守るのは魔女の役目です。危険だからと言って、逃げる訳にはいきません!」

「東の魔女が行っている事かも知れないんだぞ!」

「なら、なおさらです! 他の魔女の不始末は同じ魔女が責任を負います! これは、私の責任でもあるという事です!」


 頑なに帰ろうとしないコレットの瞳には、不安も迷いもない。強い責任感だけが、そこにあった。

 僕は深く息を吐き出すと「わかった」と一つ頷く。


「ただし、約束して欲しい。万が一、僕に何かあっても、助けようとせずに逃げるんだ。絶対に。逃げて、誰かに伝えるんだ。この洞窟の存在を。それが君の国の民を守る事にも繋がる。だから、これだけは守って欲しい。守れないなら、連れては行けない」


 コレットは、力強く頷き「分かりました。お約束します」と視線を逸らさずに言った。

 僕は「よし」と頷くと、コレットの手を強く握る。


「行くよ」

「はい!」


 僕は剣に魔力を流し構えながら、コレットと共に洞窟の中へ入って行った。


 数羽の鴉が、バタバタと羽をばたつかせ飛び立つのも、気が付かずに。

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