第90話 全部倒す!(アレックスside)


 アリス達が魔獣の大群と戦うより、時をほんの少し戻し---



 コレットと東の魔女の屋敷を逃げ出してから、四日目の夜。


 僕らはやっと、フェリズ山脈の麓まで辿り着いた。

 歩いてさえいなければ、コレットの飛行でも東の地からフェリズ山脈までは、休まず飛べば二日で着くのだと彼女は申し訳なさげに言った。


「他の魔女達は、一日掛からないですけど……」

「コレットは、飛行はあまり得意じゃ無いのかな?」


 僕はずっと思っていた事を、ついポロッと言ってしまった。するとコレットは顔を赤くしながら、そう言うわけでは無いと弁解をはじめた。


「人を乗せて飛ぶのは、ほんの数回しか無くて……。あ、あと速度がそんなに出ないのは、私がまだ【正式な魔女】では無いからなんです。【正式な魔女】になると、魔力そのものの流れが変わります。それで、色々制限があった物が無くなると、南の魔女のダレーシアン様から聞きました!」

「魔力の、制限?」

「はい。魔女の力は強大です。今はまだ制限が掛かっているので、一人では西の地全体に結界を張る事が出来なかったり……あと! 例えば、私は治癒の魔力が強いとお祖母様から言われてました。その力が今より増します! あと、あと!」

「う、うん! 分かった! 分かったから落ち着こう!」

「す、すみません!」

「いや、大丈夫」


 飛行速度はともかく飛行制御に関しては、感性の問題であるのでは、と思いつつ。魔女の魔力については、正直とても驚いた。

 決められた地に一人で結界を張るとは……それは確かに凄い事だ。

 僕自身、試した事は無いが、ガブレリア王国の魔術師団ですら、王都全体に一人で結界を張ることはしていない。

 魔術師団自体、ガブレリア王国内でも魔力量の多い者達が選ばれている。それを思えば出来なくは無いだろうが、魔力切れを起こす可能性がある事を考えると、ある意味、とても危険な行為だ。それをバイルンゼル帝国の魔女達は、代々行って来たのだとなれば、本当に凄い能力の持ち主達なのだと感じた。

 そして恐らく、僕を含むガブレリア王国の民達とは質が異なる魔力でもあるのだろう。

 東の魔女との戦いや屋敷でのことを思い出せば、その質の異なりは自ずと分かる。

 東の魔女について考えだした僕の目の端に、何やら大きな蠢きを捉えた。


「ッ!! これは!!」


 眼下に見える光景に、僕の心臓が一気に冷え込む。


 バイルンゼル帝国軍だ。


 ガブレリア王国方面へ向かっている。

 ざっと見ても二、三百は居そうな兵士の列に、箒の柄を持つ手が震える。


 僕は……なぜ、こんな時にこんな場所に居るんだ!!


 僕は、レオンに念話を送ろうとした。だが、その前にコレットの声に制された。


「アリス様! 魔獣の群れが!!」


 フェリズ山脈の麓を通り過ぎようとした、その時。コレットの指差す先を見下ろす。何十頭という魔獣の群れが、荒れた様に走る姿が見えた。


「コレット! ちょっと戻ってくれ!」

「はい!」


 コレットは箒の方向転換をし少し戻ると、見た事もない魔獣の群れに、僕達は言葉を失った。一体、何頭いるのか。その群れは、方角からいってガブレリア王国方面へ向かっている。

 この群れを仕向けたのは、間違いなく東の魔女ダリアだろう。バイルンゼル帝国軍は、魔女の力を借りて魔獣の群れをガブレリア王国に放つというのか。


 突然、魔獣の群れが、ふと消えた。


 僕は消えた場所に目を凝らす。僅かに赤黒く光る陣が見て取れた。あの陣は、転移出来るものなのでは無いか。ガブレリア王国に、同じ転移の陣があるのでは無いだろうか……。

 それに気がつくと、身体の奥底から湧き上がる哀しみの入り混じる怒りに、全身が震えた。


「アリス様! あの先を見てください!」


 再びコレットが指差す方向に目を向けると、山脈の麓近くに空洞が見えた。どうやら洞窟の入り口の様だ。その場所から、魔獣が出て来るのが見えた。


 どうする。

 瞬時、僕は思考を巡らす。僕一人なら、この群れを討伐する事は可能だろう。だが、コレットが一緒となると話は別だ。

 この魔獣の量を考えると、彼女を守りながら戦うのは困難だ。

 そう考えていると、コレットが言った。


「アリス様、あの群れを討伐しましょう」

「え、」

「私の事なら、大丈夫です。ここまで来るのに時間は掛かりましたが、私だって魔女です。自分の身は自分で守れます! だから、行きましょう! アリス様!」

「しかし!!」

「アリス様! 迷っている時間はありません! あの群れまでもがガブレリア王国へ行ってしまいます!」


 その言葉には、迷いや恐れは感じられず、とても力強い響きを持って僕の背中を押した。


「分かった。コレットは危険を感じたら、すぐに箒で逃げるんだ。いいね?」

「はい!」

「いい子だ。コレットの得意な術はなに?」

「光魔法です」

「そうか。ならば目眩し等で援護を頼む。行くぞ!」

「はい!」


 僕は箒から飛び降り、すぐに風魔法を身に纏う。力を最大限に出すために、姿隠しの魔術を解く。


 降り立ってすぐ剣を抜くと、魔獣の群れが僕に気が付く。赤く光る無数の瞳が僕を取り囲む。


「ガブレリア王国へは行かせない。今ここで、全部倒す!!」


 体の奥から湧き上がる怒りと共に、剣に魔力を込め勢いよく薙ぎ払う。

 青白の閃光が魔獣の群れに向かって飛んでいった。

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