第85話 西の魔女の死(皇太子side)


「ダリアが変わったのは、あの竜巻のあった後からだ。急に変わったのではなく、徐々に変化があり、気が付いた時には会う事も難しくなっていた」


 ダレーシアンは、記憶を辿る様に語り出した。


「あの竜巻以来、南の地に生息する薬草が何者かに乱獲されて、絶滅危機に瀕していてな。そちらの対応で、あまり魔女達と連絡を取り合っていなかったのだ……。今は、その事に深く後悔している……」


 暫し沈黙の後、ふと、こちらに顔を向けた。


「コレットのばあ様が亡くなった時のことを、覚えているか? 西の魔女の」


 唐突に向けられた問いに、私はひとつ頷く。


「二年前だな。竜巻があった翌年に亡くなったと記憶している」

「あの死にはダリアが関係していると、私は確信している」


 私は耳を疑った。

 あの時、国への報告は「心臓の病による突然死」だった。葬儀には私も出席し、最期の姿を見た事も覚えている。とても殺された様な死顔には見えなかった。


 魔女殺しは大罪だ。しかも、それが魔女同士であるとは、なんたる事だ。

 私の心臓は忙しなく動きだし、手綱を持つ手が僅かに震えた。


「……何故、そう思う」


 私の問いに、ダレーシアンは静かに語り出した。


「マルゼルダが亡くなってすぐ、たった一度だけ魔女会議があった」


 マルゼルダ。

 今は亡き西の魔女の名を聞き、私は彼女の笑顔を思い浮かべた。

 ふくよかな体型に、燃えるように真っ赤な髪をした魔女。よく笑い、よく食べる。頭の回転も早く会話上手な魔女だった。そして、虚偽を見破る魔術に長けていた。

 その力で、一体何人の罪人を冤罪なく捕える事が出来た事か……。


「コレットが【正式な魔女】になるための会議だ。だが、ダリアは幻視魔法で姿を見せ、その場には現れなかった。ダリアは、コレットがまだ若過ぎると言って正式な魔女になる事を反対した。だから、魔女会議には幻視で現れたのだと……。魔女の継承儀式は四人の魔女が実際に対面し、初めて成立するからな……。だが、それは建前であって本当の理由ではないと、情け無いことに、つい最近になって気が付いてな……」


 私はダレーシアンに目を向けた。ダレーシアンは一瞬、失笑する様な笑みを浮かべたが、すぐに表情を険しくし話を続けた。


「ダリアは、マルゼルダが亡くなって以来、自分がコレットの面倒を見ると言って、西の地の事も見ていた。だが、この数ヶ月、急に何もしなくなった。西の地だけじゃない、東の地すら荒れ始めた。魔獣が頻繁に出る様になったとコレットから便りが来て、私は急いでコレットの元へ向かった。結界は綻びだらけ、東の地すらそんな状態だった。何が起きているのかと、私は目を疑った。それからだ。私がダリアに疑念を抱く様になったのは。そして私はまず、マルゼルダが亡くなってすぐに姿を消した使い魔を探す事にした。もっと早く、そうするべきだったと後悔している……」


 その声は、深い自責の念を宿したものだった。私は黙って耳を傾け、ダレーシアンの言葉の続きを待った。


「……マルゼルダは、私宛に手紙を寄越していたのだ。だが、その手紙は私の手元に届く事は無かった……」


 悔やむ様に唇を噛み、悲痛な表情をし、暫し黙る。


「……手紙を届けようとしたのは、マルゼルダの使い魔だ。西と南の境界付近で、やっと見つかったのだ。変わり果てた姿でな……」


 ダレーシアンは、何処からともなくボロ切れの様な紙をその手に現し、私に手渡した。

 破れた物を魔法で繋ぎ合わせたのだろう、穴だらけで泥だらけの紙だ。目を凝らし何とか読み取れる文字を見つめた。

 そこには『私は知った』『危機が』『コレットを頼む』とだけが読み取れた。


「私が見つけた時には、既に白骨化していた。だが、骨にまで及ぶ傷が見て取れた。使い魔は傷だらけで亡くなっていたのだ。その傷痕は、魔法によるものだと、すぐに分かった。使い魔に、ここまでの傷を負わせられるのは、バイルンゼル帝国内では限られている。だが、証拠が無い。だから私は、骨に魔力の残滓がないか、必死で調べた。そして、見つけた」

「それが、東の魔女のものであった、と……」


 ダレーシアンは深く頷いた。


「ああ、そうだ。正確には、ダリアの使い魔の、だ。時が経ちすぎて微かではあったが間違い無い」


 執念がダレーシアンの味方をしたのだろうと、私は思った。


「マルゼルダは、何故殺されたと思う」

「恐らく、ダリアの企みに気が付いたのだろう。それを問いただそうとして、消されたのだと思う。宰相殿から私に連絡が来たのは、私がダリアの企みについて調べ始めた時だった」

「それが、先程の使用人の話という事か」


 ああ、と短く返事をしたダレーシアンの横顔は、先程の悲痛な表情と違い、なんの表情も無い冷たいものに変わっていた。


「リカルド殿」

「ああ」

「今回の争いは、今までの小競り合いとは訳が違うぞ」

「分かっている」

「それから」

「なんだ」

「皇帝の側にいる吟遊詩人だが」


 ドクリと心臓が強い動きをする。私は平静を装い「ああ」と短く返した。


「どうにか、あのローブの下の顔を知りたかったのだが、私の使い魔が近寄れ無いほどの魔力を纏っている。顔を見て判断したかったが、私の感では、アレは地底に棲む者だ。ローブに纏う魔力を考えれば、ダリアの差金で間違いない。皇帝はただ、利用させているだけだ」


 地底に棲む者。

 その言葉に、父上の顔色が思わしく無いのも納得がいった。そして、これから起こる事に何とも言えない恐怖が身体の内側から押し寄せる。だが、それを見せてはいけない。私には、この背中に三百人の命を預かっているのだから。そう心を切り替えると、私の中の恐怖は怒りにも似た感情となり、強勇に変わった。

 八百年前の争いを思うと、きっとガブレリア王国に【闇の王】を復活させるために必要ながあるのだろう。ならば尚更、この争いを何としても止めなければ。


「リカルド殿」


 黙ったままダレーシアンを見る。その横顔がこちらを向いた。彼女の双眸が私を真っ直ぐに捕える。


「何としても、ダリアの企てを阻止するぞ」


 その言葉に、私は腹の底に力を入れて「当たり前だ!」と返答し馬を走らせた。




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いつもお読みいただき、ありがとうございます。

リカルド皇太子と南の魔女ダレーシアンのイメージイラストを近況ノートにて公開しています。

良かったら、そちらもあわせてお楽しみください。

https://kakuyomu.jp/users/seiren_fujiwara/news/16817330659582172547


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