第84話 大切な、未来のために(皇太子side)


 軍馬に乗り宰相から伝えたれていた場所へ向かうと、そこには甲冑を纏い戦闘準備を整えた兵士達が待っていた。


 私はぐっと奥歯を噛み締め、軍馬の上から皆を見回す。


「皆も知っての通り、我がバイルンゼル帝国は、隣国のガブレリア王国へ宣戦布告を出した! この両国での争いは何百年も前から続いている。その度、フェリズ山脈を含む土地が我が国の物であると主張して来た。だが、どの文献にも我が国の歴史上、フェリズ山脈がバイルンゼル帝国の領土であるとの記述は無い! この不毛な争いは何の意味も持たず、私は、この争いを何としても止めたい! この先の未来のために! 大切な者のために! この争いに終止符を打ちたい!」


 鎮まりかえった三百という兵士達の視線を一身に受け、私は声を張り、言葉を続けた。


「この私の考えに賛同してくれるのであれば、その命を私に預け、共に戦って欲しい。だが、私と共にすると言う事は、我々は反乱軍となる。ほんの僅かでも迷いがある者は、今すぐこの場を去れ! 誰も咎めはせぬ!」


 皆を見回す。誰一人、ここから動こうとせず、私を、私だけを見続けている。喉の奥が熱くなる。込み上げるものをグッと堪え、声に力を込める。


「ガブレリア王国は魔力に長けた国だ。どの様な攻撃があり、どの様な事が起こり得るか、私にも想像が付かぬ。皆が持つ恐れや不安は、私とて同じ気持ちだ。だが……今、この瞬間! 恐れを捨て、立ち上がる時だ! 大切に思う、全てのものの未来のために! 大切な者を、守るために!」


 一瞬の間が、途轍もなく長く感じる。


 が、その直後、地響きの様な声が私を奮い立たせた。


 先頭に立っていた一人の男が一歩前に出る。

 それは、私が率いる部隊の副隊長であった。


「リカルド皇太子。我々は貴方を信じ、この身を預けます。先の未来を、共に守りに行きましょうぞ!」


 そういうと、兵士達に向き直る。


「ここに集いし強者つわものどもよ! リカルド皇太子に続け!!」


 波の様に押し寄せる声を、全身に受け止めた。私は剣を抜き、天高く突き上げる。身体の奥底から湧き上がる、見えない力に背を押されるのを、感じながら。



♢♢♢



「リカルド殿よ」


 ガブレリア王国へ向かう途中。


 馬に乗って私と並走する南の魔女ダレーシアンが、話しかけて来た。


「なんだ」

「この度、何故、東の魔女がこの争いに関わっているのか、私なりに調べた事がある」


 何故、このタイミングで話をするのか……。

 

「今、そういう事は今ではなく、もっと早くに話せと思っただろう?」


 そういうと何が愉快なのか、カラカラと笑う。

 私はジロリと横目でダレーシアンを見遣る。


「まぁ、そう睨むな」

「何か有力な情報を手に入れたのだろ。早く話せ!」


 不機嫌さを隠しもせず言い放つと、ダレーシアンは笑いを止め、声を落とした。


「ダリアは、どうやら【闇の王】を復活させようとしている様だ」


 その一言に、私は素早く顔をダレーシアンに向けた。


 【闇の王】


 この国では、その話は禁忌とされており、詳しく知る者は皇族とになった者達のみ。

 八百年前にも、何の因果か【ダリア】という名の東の魔女により、復活をさせる動きがあった。


 皇族に伝わる文献には【闇の王】とは、元は【影の精霊】であったとの記述がある。

 現在、バイルンゼル帝国の東に位置する風車小屋がある場所が、影の精霊が良くいた場所だったと言われている。悪戯が好きで、人間には「影」として姿を見せる事もあったとか。


 だが、その精霊が、ある出来事をきっかけに堕ちた……。


 空は陽の光すら差し込まない程の闇に覆われ、地底に棲む者どもが地上に現れ、多くの民が原因不明の病に倒れ、死んだ。

 その【闇の王】を亡き者にしたのは、バイルンゼル帝国を建国した我が先祖であった。


 何故、再びダリアは復活させようとするのか……。しかもガブレリア王国を巻き込んだ争いをする意味は何だ。


 ダレーシアンは前を見据えたまま、話を続ける。


「ダリアの屋敷に勤めていた元使用人から聞いた話だ。ダリアは【闇の王】を復活させるためにと、使い魔に話していた様だ。その話を、たまたま使用人が耳にしていた。だが、その使用人は【闇の王】の話を知らない人間であったため、その時はさして気にも留めなかった様だ。だが、ここ数年のダリアの変わり様に、何となくその話を忘れられずにいたそうだ」


 私は黙し、そのまま話に耳を傾けた。

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