閑話 侯爵令嬢の実践日記
第82話 私とレオンの実戦研究
これは、私がこっそりルーラの森で魔獣を倒す術を試していた頃の話。
「レオン、近いうち時間作ってくれない?」
私の言葉に、レオンはパッチリお目目をやや細めて見下ろしてくる。
「……ルーラの森へ行くのか?」
「察しが良くて嬉しいわっ!」
にっこり微笑み返すと、レオンは「わかった」と言いつつ、ふんと鼻を鳴らし、口をへの字にして騎士服の内ポケットから手帳を出した。
「四日後なら、非番だから良いぞ」
我が家の護衛騎士をしてくれているレオンは、ちゃんと人間が決めたルールの中で仕事を行っている。その仕事振りは、お父様も騎士仲間からも評価が高く、使用人を始め邸内に出入りする行商人達にも信頼されている。
レオンが神獣のレオンであることは、護衛騎士や使用人達でも侯爵家に長く仕えている者以外は知らない。
新しく雇われた者達は、レオンと神獣のレオンが同じ名前である事も、黄金の髪と立髪が同じ色である事も、偶然だと思っている。
という、振りをしている節がある。
我が家に仕える者達はみな、口が堅い。そして誰もそれについて、訊く事も答える事もない。それもこれも、レオンの人柄(神獣柄?)が皆に愛されているからだ(と、執事のリチャードが言っていた)。
レオンは、お嬢様である私にこそ、面倒臭そうな顔を見せるが、他の人達とのやり取りをこっそり覗き見ていると、(私にはあまり見せない)とてもいい笑顔でやり取りをしているし、率先して手助けもしている様子だ。女性の使用人達に対しても、さりげない優しさを当たり前に行っているし、それがみんなに愛される証拠なのだろう。どことなくアレックスを思い出すのは、やはり主人を見習っての事なのか。もしくは、本人(本神獣?)の元々持っている素質がアレックスに似ているだけなのか分からないけれど。
私のお願いだって、何だかんだ言いつつも、いつも付き合ってくれる。魔獣討伐中に危険を感じた瞬間には、既にレオンが私と魔獣の間に立ち、手助けしてくれる事もしょっちゅうだ。
四日後の早朝。
私とレオンは馬車では無く、それぞれ馬に乗って「領土の視察」を名目に、ルーラの森へ向かった。もちろん、視察もする。そこはちゃんとします。ただ、ルーラの森方面ばかりになるけれど……。
レオンは非番だというのに「お嬢様の視察に付き合うとは、なんて良い奴なんだ」と騎士仲間に言われ、隊長には「そういう事なら、午前は仕事として行け。半休扱いにしてやる」と言われ、見送られた。これも人望(神獣望?)が厚いからこそか。レオンは嬉しそうに礼を言って、私と共に邸を出た。
早朝の畑仕事をしている領民に挨拶をして、収穫状況を訊ねたり、魔獣が出る事はないかとか、困った事はないか確認したり。大抵の事は長男のエドワードお兄様が行っているから、私は本当、ちょっとだけ世間話をして終わる事が殆どだ。
今日もサラッと視察を終え、ルーラの森へ入って行った。
馬達には少しの間、ルーラの森の中を散策させる。レオンが念話で何処までなら行っても大丈夫だと伝えると、馬達は嬉しそうな足取りで何処かへ向かうのだ。
「動物達と話せるって、羨ましいなって思う」
「まぁ、俺は神獣だからな。大体の生き物と会話出来る」
「魔獣とも出来るの?」
「アイツらは無理だ。そもそも話が通じる相手じゃない」
レオンを顔を歪めて肩をすくめる。
「ただ、魔獣じゃなくても時々大変な事もあるぞ」
「大変なこと? 例えば?」
「例えば? まぁ……エドの愛馬かなぁ。アイツは、とにかくエドが大好き過ぎて、自分の愛をエドに伝えてくれって。会うたびに言われる。それもなかなかの長さだから、付き合うこっちは大変だよ」
そう言いながらも、レオンは優しい目で笑った。
「そんなにすごいの? エドワードお兄様のユーリアは」
私はエドワードお兄様の愛馬ユーリアを思い浮かべる。ユーリアは牝馬なのだが、確かに女性がエドワードお兄様に親しげに近寄ると、少し鼻息が荒かった様な……。
あれって、もしや妬きもちだったのかしら……。もしくは、「私のエド様に馴れ馴れしくしないでちょうだいっ!」って、怒っていたのかしら?
私達はそんな他愛無い話をしながら、森の奥へ向かった。
ルーラの森には、魔獣が現れる事自体がとても少ない。清らかな気の流れが森全体を覆っているからか、魔獣が過ごし難い環境なのだと、前にレオンが言っていた。
それでも、どこからかやって来る魔獣はいるもので……。
「いたぞ、アリス。あれは少し強いから、気を付けていけ」
「ええ、分かったわ。ありがとう」
狼の様な姿をした魔獣が三頭いる。狼より倍の大きさがあり、躰も首から肩にかけ盛り上がっている様子から筋肉質なのが良くわかる。
私が剣を構えると、一頭がこちらに気が付いた。他の魔獣も私達に気が付き、ジリジリと近寄って来る。
私は自分が考えた新しい術を試すため、小さく詠唱をする。
虹色の陣が浮かび上がり剣を薙ぐと、閃光が走り魔獣の足に蔦の様に絡みついた。
突然動きに制限のかかった魔獣は、勢いよく倒れ込む。すかさず次の呪文を詠唱し剣に魔力を込め、魔獣に飛び掛かった。
一頭の魔獣の首を一刀両断し、次の魔獣に素早く向き合う。が、二頭居たはずの一頭が居ない。
「アリス! 危ない!」
レオンの声がし振り向くと、今にも魔獣が私を襲おう飛びかかって来る瞬間。
目の前から魔獣は消え、私の足元にドサリと大きな音を立てて倒れた。
「こっちは俺がやる! アリスはもう一頭を!」
「わかった! ありがとう!」
私は残りの一頭に向き合うと、いつの間にか蔦の足枷が消えていた。
「蔦の術は考え直さないと実戦には使えないわね……」
私は再度、詠唱し走り向かって来る魔獣に蔦の足枷を嵌める。
剣に魔力を込めて、魔獣を討ち取るとレオンに向いた。
レオンの方も魔獣を倒し終えており、最初に私が倒した魔獣と共に魔法の炎で焼き払っていた。
「レオン、さっきはありがとう。助かったわ」
「ああ。あの蔦の拘束術は改良した方が良いな。少し強度を上げないと解け易い」
「そうね。それぞれの個体に飛ばす事は出来たけど、拘束強度は重要だから。帰ったら、また術を組み直してみる」
光を縄状にした枷だが、使い方は他にもある。だが、今日の様に簡単に解けてしまうのであれば、それは他に応用するにも使い勝手が悪過ぎる。
こうして私の実戦研究は続くのだ。
上手く行く場合はアレックスが討伐でも使えるかなどレオンと相談して、改良を重ねながらアレックスにも共有する。
アレックス自身も色々な術を編み出しては、私に共有してくれるけど、私が使う事はあまり無い。
と、思っていた過去の私に、今の私がフィンレイ騎士団と共に討伐で使いまくってるって伝えたら、どんな顔をするかしら。ね、私。
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