第81話 皇太子と第二皇子(皇太子side→第二皇子side)


今回はバイルンゼル帝国側視点。前半、皇太子→後半、第二皇子となっております。よろしくお願いします。

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「兄上。最近、兄上について、あまり良くない噂が流れていますよ?」


 私の執務室に突然やって来たと思いきや、第二皇子である弟のベルナルドが、にやつき顔で言って来た。

 その噂がどういったものか、私も周知の事であった。何故なら、私が自ら部下を使って流した噂だからだ。だが、知らぬ振りをして執筆机から顔を上げ弟を見遣る。


「どの様な噂だ」

「兄上が、謀反を企てている……という、噂です」


 相変わらず、何とも言えない嫌らしい笑みを浮かべて話をする。私はベルナルドに気が付かれぬ様に小さく息を吐くと「そんな事は、ただの噂だ」と笑ってみせる。


「最近、父上の顔色が良くないという噂を聞く。それもあって、私を嫌う元老院達がそんな事を言い出しているだけだろう。ところで、ベルナルド」

「何です? 兄上」

「私はもっと深刻な噂を耳にしたが? お前が連れて来た吟遊詩人が、父上に毒を盛っている、と……」


 私はベルナルドから視線を逸らす事なく見つめる。ベルナルドは分かりやすい。後ろめたい事があれば瞬きの回数が増え、嘘をついていれば、目元が赤く染まる。


「そ、それは、どこからの噂ですか。僕は聞いた事がない」


 それはそうだ。今、私が鎌をかけたのだから。

 ベルナルドは忙しなくパチパチと瞬きを繰り返す。だが、目元は赤くない。

 吟遊詩人を連れて来たのには、やはり何かしらの裏があるのは確かだ。だが、殺害計画については知らないという事か……。


「父上付きの使用人達からだ。最近、急激に顔色が悪くなっている、と。出している食事は、いつもと同じ所から仕入れているし、毒味もしている。だが最近、食事量も減って来たと。そして、吟遊詩人が栄養剤だと言って飲ませている薬があるとか……」


 これは本当だ。

 最近、父上が吟遊詩人から渡された怪しげな薬を飲んでいると使用人達が話していたとの知らせが、南の魔女の使い魔伝手に、グリア宰相から来ていたのだ。


「そっ! それなら、僕も飲んでます! 僕は、この通り何ともありませんし、寧ろ元気です。何かの間違いでしょう」


 何故か、どこか必死さが漂う言い方に、私はベルナルドの瞳から視線を逸らす事なく見つめ続けると、向こうから視線を逸らした。

 死を誘う薬とは知らなくとも、何かしらの裏がある事は、知っているのか……。

 一体、何をしようとしているのか……。


 ベルナルドの喉がゴクリと動く。急に落ち着かない様子で、首元を触り出す。


「どうかしたのか? ベルナルド」


 私の問いに、ハッと気が付いた様にこちらを向く。


「い、いえ。何も。ひとまず、兄上が変なことを考えていないのなら、良かったです」

「私についての話しであれば、元老院達の話に耳を傾ける必要はない。彼等は私を排除したいだけのこと」


 そう答えると、ベルナルドは首を掻くのをやめ、不思議そうに私を見つめる。


「兄上は何故そんなに元老院達から嫌われているのでしょうねぇ」


 普通に疑問に思ったのだろう。悪意は感じられないベルナルドの疑問に、思わず心の中で苦笑いをする。


(そりゃ、私よりお前の方が操り易いからだろ)


 心の中で悪態を吐きつつ「さぁな」と返す。


「ところで、お前はここへ何しに来た? 私の仕事の邪魔でもしに来たのか?」


 私は椅子の背もたれに体を預け、肘掛けに左肘を乗せる。頬杖を付くように手の甲に顎を乗せ、ベルナルドを見る。

 少々威圧感を与える態度で訊くと、ベルナルドは顔を赤く染め、眉を吊り上げた。わざわざ私の側近が席を外した隙にやって来たのだ。噂話をするだけに来たわけではない無いだろう。

 ベルナルドの口が開くと同時に、執務室のドアをノックする音が響く。

 部屋に入って来たのは、書類を抱えた私の側近だった。


「これはこれは、ベルナルド様、お出ででございましたか」

「もう退室する。兄上、仕事の邪魔をして失礼しました。では、また」


 部屋を出て行くベルナルドを、側近は不思議そうに見送った後、ドアを閉めて私に向かって「何かございましたか?」と声を潜める訊ねた。


「いや、本当に仕事の邪魔だけしに来た様だ」と応え、再び仕事に向かった。



♢♢♢



 人気ひとけのない、連絡通路。

 遠くにフェリズ山脈が見て取れる。


「ベルナルド様、お兄様にお渡し頂けましたか?」


 見窄らしいローブを纏い、深く被ったフードの奥で、ニヤリと笑う口から黄色歯が見える。


「いや……すまぬ。渡せなかった。兄上は、私を嫌っておられるからな」


 私はスラックスのポケットから小瓶を取り出し、素早く男に渡す。

 男の異様なまでに白い手が、それを受け取ると、ローブの中に仕舞い込んだ。

 ふと、兄上がいった言葉が気になった。


「お前は、父上に毒を盛っているのか?」

「おや、何を突然に。ベルナルド様も何の薬草が入っているか、よくご存知でございましょう。毒など入ってはおりませぬ」

「そ、そうだな。すまなかったな。変な事を言った。忘れてくれ」

「いえいえ。私がこの様な見窄らしい姿であります故、お疑いになられる方々もおられましょう」

「お前は何故、そのローブを脱がないのだ? 私が用意した服は嫌なのか?」

「滅相もございません。大変嬉しゅうございます。しかしながら、私は顔に大きな傷がございます故……」


 男は、まるで私がローブを毟り取ろうとしている様に感じたのか、フードを皺が出来る程強く握り更に深く被る。


「そうか。そうであったな。すまん、好きにしたらいい」

「有り難きお言葉……」


 私は遠くへ視線を向ける。フェリズ山脈に西陽が当たり、輝いて見える。

 あの奥に、ガブレリア王国がある。父上はガブレリア王国に攻め入ると言った。そして、この吟遊詩人を見つけて来た褒美として、その領土を私に与えて下さると。

 

 私は……。


 考えを振り払うように頭を振る。視線を隣に立つ吟遊詩人に向けると、吟遊詩人は先程と変わりない立ち姿のまま、じっとそこに居た。

 

 この男に出会ったのは、街を巡視している時だった。

 とても美しい歌声に惹かれ、多くの民が街の広場に集まっていた。その時、見知らぬ女が私に一枚の紙切れを手渡し去って行った。

 その紙には、『吟遊詩人を連れて帰りなさい。さすれば、其方に幸運が舞い込む』と。

 兄上と比べられ続ける日々。自分の出来の悪さを自分でも分かっている。父上は、兄上ばかり気に掛けて、私には一切の関心を持ってはくれなかった。

 私は、何故だか、この紙切れ一枚に縋ってみたくなったのだ。

 吟遊詩人を連れ帰ってからの今日まで。

 父上は、私に関心を持ってくれる様になった。領土までも与えてくれると。

 父上は吟遊詩人にすっかり心酔し、最近では占術により【若返りの効果がある】と結果の出た薬草仕入れ、煎じた栄養剤を飲んでいる。

 父上は、私と兄上にも飲む様にと言った。吟遊詩人は、私も兄上もまだ若いので別の物をと、【病気知らずの栄養剤】だと言って煎じた物を渡した。

 父上の顔色が思わしく無いのは、頭の悪い私にだって気が付いていた。

 だが、吟遊詩人も父上も、若返りのために身体の中の組織が入れ替わっているからだと言った。そして父上は、とても気分が良いから心配するなと笑った。


 正直、これが私は知らない。


 ただ、私は縋り付いていたいのだ。

 いま、確かに私に向いている風向きを、このまま維持したくて。

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