第80話 魔獣の群れ(アリスside→アレックスside)
「いつもより魔獣が多いぞ!」
マーカスさんが叫んだ。
確かに昨日までの頭数よりも多いが、何より体格が大きく、苦戦しそうだと私は思った。
「レイモンド! 音魔術で離れた魔獣を呼び寄せろ! マーカスはレイモンドの援護をしろ! ブライアン! 地魔術で魔獣の足元を崩して行き場を無くせ! カーター! 集まった魔獣を一旦氷漬けにしてくれ! ロブ! 魔獣が全て中心に集まったら、直ぐに闇魔術を発動出来るように準備してくれ! アレックスは神獣様と上空からみんなの援護を! 行くぞ!」
おお!! と、気合の入った低い声が響く。全員がそれぞれの魔術を発動し、私はレオンと上空から魔獣の動きに注視しつつ、フィンレイ騎士団の動きに合わせ、回復魔法をこっそりと掛けていく。
最近、戦闘中に回復魔法を掛けても皆さん集中している事もあり、気が付かない事も多いと分かり、私は自分が出来る事の一つとして回復魔法を掛けている。
『アリス! 魔獣が増えたぞ!』
「なんですって! 一体どうなってるの!?」
私は「北の方角! 六頭の魔獣の群れを確認!」と叫ぶと、一番近くに居たエバンズ団長とロブさんに防御魔法を掛ける。
猛突進して来る魔獣に向かってエバンズ団長の地魔法が発動する。エバンズ団長は、すかさず石牢を作り魔獣を六頭とも閉じ込めた。
【血を流さない討伐】をすると決まってから、一週間が経った。
血を流さない討伐を始めた二日後。突然、魔獣の出現頭数が増え出したのだ。
普段の討伐より気を使うことで、それぞれ皆、魔力消費量が増え、疲労も溜まっている。それも毎日不規則に現れるため、しっかり休む事もままならない。どんなに回復薬を飲もうが、回復魔法を掛けようが、いっときは良くても、後からドッと疲れが襲って来る。人には物理的な休息が必要であるのだと、改めて実感する。
魔法も薬も、けっして万能では無いのだ。きっと、この回復魔法で得た元気は、未来からの前借りなのかも知れない。フィンレイ騎士団と共に魔獣討伐を行なう日々の中で、そんな事を思う様になった。
『アリス! 油断するな!』
レオンの声にハッとする。
「飛行型も!?」
黒い塊が飛んで来るのが分かり、すぐさま剣に魔力を込め薙ぎ払う。
空間魔術 鳥籠---
虹色の膜の中に閉じ込められた魔獣は、宙にふわふわと浮いた膜の中で、一時停止したかの様に動きを止め、じっとしている。
『アリス! 行くぞ!』
「ええ!!」
♢♢♢
コレットと逃亡してから、間も無く三日目の夜明けを迎えようとしている。
アリスやレオンに念話を送るのは、今はまだ控えた方がいいと、僕の中の僕が言う。
僕は防音魔法と防御魔法を掛けた結界の中で、焚き火の光を見つめていた。
少し離れた場所では、コレットが猫の様に丸くなって寝ている。最初こそ、コレットはなかなか寝ようとせず、僕が寝るのを待ってから寝ようとしていた。僕は寝る訳にはいかないから、寝たふりをしてコレットが眠るのを待った。僕が寝たふりをして暫くすると、小さな寝息が聞こえはじめ、ちゃんと眠りの中へ行ったと分かり安心する。
僕は起き上がると、自分に回復魔法を掛ける。
治癒系の魔法は苦手だ。それでも、やらないよりマシだ。こうして座ってじっとしているだけでも、少しは回復出来る。騎士団に所属していれば、寝たくても何日も寝れない日は当然ある。
僕は、小さな寝息と共に微かに上下するコレットの姿を見つめた。
これまで彼女の行動に不可解な点は無く、本心から僕をガブレリア王国へ送りたいと思ってくれているのが分かる。
日が暮れると、僕らはコレットの箒に乗って上空を飛行し、夜が明ける前に森へ降り立ち、暫し仮眠を取る事にした。早朝や夕暮れは鴉の活動が活発のため、なるべく町を通らず森の中を通った。
最初こそ、歩くよりも森の中を低空飛行しようとしたけれど、コレットの飛行は樹々という障害物に苦戦して、何度か衝突しかけ……。その度に、僕がコレットを抱え込む様に前屈みなり、コレットの手の上から箒の柄を握り回避する……を繰り返して、二人とも必要以上に疲弊した……。
どうもコレットは飛行があまり得意では無いようだ。上空を飛んでいる時も、僕を乗せているからかも知れないし、僕がレオンの飛ぶ速さに慣れてしまっているからかも知れないが。僕からすると、とても安全飛行で決して早くは無い。それでも、ぶつかりそうになる……。
やはり森の中の飛行は危険だと判断した僕は、昼間は歩く事にしようと伝えた。コレットは、とても申し訳なさそうに眉を八の字に下げ落ち込んだ様子だったが「大丈夫、夜の飛行だけでも、すごく助かっているよ」と伝え頭を撫でると、少し元気が出たようで、にっこりと可愛らしい笑顔を向けた。
いくら夜に飛行しているとはいえ、ガブレリア王国へ向かい始めて丸二日。正直、いくら僕でも焦りは出て来る。
フェリズ山脈はもう大きく見えているというのに、遠く感じる。
早くガブレリア王国へ向かいたい気持ちは、日増しに強まる。こちらと北の砦を繋ぐ陣が無いため、転移移動も出来ない。それが出来ればという、もどかしさも焦りに繋がっているのだろう。
それでも、出来ない事を嘆くより、今は僅かでも先に進む事が重要だ。そうなると、コレットの飛行に頼る他なかった。
ただ森の中を歩いていれば、たまには魔獣にも出会す。だが、魔獣の多くは夜行性である事もあり、昼間は一人でも討伐は出来る程度の頭数であったので、討伐をしつつ先へ進んだ。
コレットは最初の印象こそ、東の魔女を慕っていた様子だったが、それは幼い頃の話だと。今は南の魔女が、彼女の親代わりの様なものなのだと言っていた。両親の話が出ないので、不自然に感じていたら、コレット本人から両親について語った。
コレットの両親は、東の地に起きた竜巻に巻き込まれ亡くなっていた。
コレットの母親には、魔力はあったが魔女になれる程の魔力量は無かったそうで、父親も灯りをつける事が出来る程度の魔力だったそうだ。
生まれて来たコレットに膨大な魔力がある事で、西の魔女の後継者として大切に育てられて来たという。
コレットの両親はバイルンゼル帝国内を巡り、西の魔女である祖母のために薬草の採取をしたり、菓子の販売をしながら生計を立てていたという。コレットの父親は、菓子作りの職人だったそうだ。とても人気のある焼き菓子だったと聞き、僕も食べてみたかったと思った。
竜巻のあった日は、たまたま東の魔女に許可を得て、東の地へ薬草の採取を行っていたという。
採取を終えた帰りに乗った乗合馬車が、竜巻に巻き込まれた。不運な事故だったと、コレットは言った。
コレットの話を思い出していると、微かに魔獣の気配を感じた。
出たな。
フェリズ山脈に近づいてから、魔獣が群れで現れだした。
僕らの姿は魔獣からも見えない様にしているはずだが、魔獣にそれを訊ねた事がある訳ではないから、本当に見えていないかは、分からない。
僕はコレットの周りに防御魔法を重ね掛けし、結界の中から出た。
「コレットを起こしたくないんだ。だから、あまり吼えたりしないでね?」
僕は剣を引き抜き、魔獣の群れに向かった。
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