第79話 知識の湖が伝えたこと(ヒューバートside)


 私が見た、信じ難い光景とは……。


 ガブレリア王国が暗闇に覆われていたのだ。

 太陽の光さえ差し込まない分厚い灰色の雲。


 人の姿によく似ているが、人には見えない生き物が、王都から離れた町や村中を走り回っている。絵の具でも塗りたくったかの様に不自然な真っ白い肌と黒く縮れた髪。その額には小さな突起物が二つある。得体の知れない生き物に多くの民が襲われ、家々が燃え上がっている。民達は逃げながらも懸命に魔法を放ち抵抗している。魔力の無い者を騎士達が守りながら戦っている様子が、そこら中で繰り広げられていた。

 王都上空は稲光なのか魔法合戦なのか、激しく光が飛び交う。その先の雲の形が、恐ろしい人の顔の様にも見え、私は息を飲み込んだ。


 身体はガタガタと震え始め、未曾有の光景に私は言葉を失う。

 これがもし、知識の湖が私に教えようと見せた八百年前の風景であれば、これと同じ事が今、起きようとしているというのか。

 そう思っていると、急に風景は見えなくなり、身体がずしりと重たく感じた。遠くで誰かの呼ぶ声。



「……ヒュー……! ……ト!! ヒューバート! しっかりしろ!! ヒューバート!」


 頬を痛く無い強さでピタピタ叩かれる。


「う……うう……」

「ヒューバート! 私が分かるか?」


 私は咳き込むと、口から水が少し溢れる。


 や、やはり、溺れていたのだろうか? 私。


 げほげほとむせ返りながら、声の主を見る。心配気に私を見つめる愛しい妻と同じ青緑色の瞳にぶつかる。


「へ……へい、か……」

「良かった……。すまなかった。私が付いていると言いながら、途中でお前を見失ってしまってな。私も誰かと共に、この湖に入るのは前国王と一度きりでな。……無事に見つかって良かった……」


 国王陛下は、心底安心した様に微笑みを浮かべた。

 荒い呼吸を落ち着かせつつ、私は暫く放心状態であった。呼吸が落ち着いた頃、国王陛下が「それで、ヒューバートが知りたい事は、見る事が出来たのか」と訊ねてきた。

 私は先程見た記憶を思い出し、ハッと目を見開いた。勢いよく起き上がり、不敬を承知で国王陛下の腕を鷲掴みする。


「陛下、大変でございます! ガブレリア王国が、人の姿をした得体の知れない生き物に襲われます!!」


 私は湖が最後に見せた光景を、陛下へ伝えた。陛下は、その得体の知れない生き物について、王族のみが読める門外不出の文献で読んだ事があると言った。

 バイルンゼル帝国による敵軍で、何者なのかまでは書かれてはいないが、その者達の侵入により、王都が一時危険な状況であったと記述があったそうだ。


 それから、私はルーラの森に隠されたについて語った。


 私が見た記憶は、国王陛下が今まで一度も見た事の無い記憶であった。そして、それは歴代の国王も同様であろうと言った。何故なら、その様な事は文献のどこにも記述がされていないのだと。


「その様なものがルーラの森に……。なるほど、だからルーラの森は魔力量もあるランドルフ家が護り続けているのか。だが、その様な物がありながら、この八百年もの間、何事も無かった事の方が不思議だ」


 その言葉に、私は一つ頷き同意する。


「陛下、これは私の憶測ですが。もしかしたら、フェリズ山脈側の結界に綻びが出来たのかも知れません」

「結界に綻びが? 何故そう思う」

「ルーラの森は我がランドルフ家が八百年前から代々皆で護り続けております。しかし、フェリズ山脈は、護る者が北の魔女のみ。何かしらの災害か予期せぬ何かが起きたのだとしたら?」


 私の言葉に、国王陛下は一つ頷く。


「だから今、八百年前と同様の事が起きようとしていると……。ヒューバートの見た、角の生えた人ならざる生き物も気になる」

「はい」

「ヒューバートよ。バイルンゼル帝国に、近年中に何かしらの災害が無かったか調べて報告を」

「は!」


 まず、私がしなくてはならない事を頭の中で考える。エドワードに協力を頼み、バイルンゼル帝国について調べさせよう。そして私は。

 ラファエル殿と共に風の精霊王に会いに行こう。

 


 私は濡れた身体のまま急いで着替えはじめる。

 国王陛下は焦るなと嗜めつつ、温風魔法で私の全身を乾かして下さった。 


 も、申し訳ないと頭を下げ、礼を言う。が、しかし。一刻を争うやも知れぬと、国王陛下を急かして、この不思議な空間から出て行った。

 

 そして、外に出て知った真実……。

 あの不思議な空間に二、三時間ほど滞在したような感覚があったが、三分も経っていなかった。

 あの空間は、一体なんだったのだろうか。


 一瞬、考えはしたが、すぐに辞めた。

 あの場所は夢だったのだ。夢で見たことは忘れなくても、夢を見た場所は忘れよう。


 そう心に誓い、私はラファエル殿の元へ急いで向かったのだった。


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