第77話 国王陛下の秘密の部屋(ヒューバートside)


 隠し扉の奥は、とても狭く暗い。国王陛下が小さく呪文を唱えると、等間隔に設置された明かりが灯った。それでもまだ薄暗く狭い通路を、国王陛下の後について歩く。途中、何度か枝分かれした通路を、国王陛下は迷う事なく進んでいく。


 どのくらい歩いたのか。ふと、国王陛下の足が止まった。

 目の前には、見事な彫刻が施されたアーチ状の重厚な扉。


 国王陛下が扉の真正面に立つと、掌を扉に翳し呪文を唱える。すると扉に見た事のない不思議な陣が浮かび上がった。それと同時に。


『あなたの名前は?』と、柔らかな女の声が脳の奥に響くように聞こえた。


「ローガン・トマス・リー・ガブレリア。私に知恵を」

『ローガン、あなたに知恵を授けましょう』


 ゆっくり、ギギギと重たい音を立てて扉が開く。

 国王陛下は扉に手を掛け、私を振り返り黙ったまま中へ入る様に促した。私はひとつ顎を引き、扉の奥へと入る。続けて国王陛下が中へ入ると、扉はバタリと音を立てて閉まった。

 国王陛下が明かりを灯す。薄暗い明かりの中に見えて来たのは、書斎のようだった。私が不思議そうに部屋を見回していると、国王陛下は書棚の前に立ち、再び呪文を唱えた。すると、天井まである書棚が、真ん中から左右にゆっくりと移動したのだ。

 開いた書棚の奥には、更に扉があった。

 その扉は、今入ってきた扉を一回り小さくした作りだ。


「知恵の女神よ、私に知識を与え賜え」

『あなたに、知識を授けましょう』


 扉がゆっくりと開く。

 その先は、眩しい程の光で、私は目が眩んだ。

 国王陛下が私に入るよう促し、光の中へと向かう。


 目が少しずつ光に慣れて来る。

 私は瞬きを繰り返し、辺りを見回した。


 そこは、森の中だった。


「国王陛下……ここは、一体……」

「ここは、知恵の女神の森だ。この先に湖がある。今からそこへ向かう」

「知恵の、女神……」


 初めて聞く言葉に、私は戸惑いながら国王陛下の後ろを着いて歩く。


 とても穏やかな日差しに、樹々の間から差し込む木漏れ日が美しい。

 同じ森でも、ルーラの森とは何かが違う。何が違うのかは分からないが、確かに違うのだ。


 暫く黙って歩いた先に、湖はあった。


「国王陛下、ここは……」

「知識の湖だ。このガブレリア王国の全ての歴史が、この湖の中にある」

「み、湖の中でございますか?!」


 驚愕した私を横目で見ると、ふっと小さく微笑む。


「門外不出の文献資料は、この湖の情報を元に歴代の王が書き記した。自分が見ていない出来事も、全てを知ることが出来る。読むよりも方が正確な情報を得られる。そうは思わないか、ヒューバートよ」


 例えそうだとしても、こんな機密情報を私に……。なんたる事だ。


「こ、国王陛下……。そこまで私を信頼してくださるのですか……」

「そうだ。神獣様が其方を信じ、契約をしたのだ。私が信じなくてどうする。ここで、ヒューバートが知りたい答えを知る事が出来る。文献よりも正確な歴史を」


 その返答に、私は益々驚く。


「ありがたき幸せ……しかし、そ、それは如何にして……」

「願え。其方が一番に知りたい事を。そして、湖に身を委ねるのだ」

「み、湖に、身を委ねる……」

「ただし、注意がある。あくまでも、この湖は古い過去の出来事だけを観ることが出来る。近い過去には、応えてはくれぬ。其方の質問で、知識の湖が【今必要だ】と判断した過去を見せる。もしかすると、其方が知りたい事と、少し違う物が見えたとしても、それは、知識の湖が【今知るべき事だ】と判断したものだと思って受け止めるのだ。いいな?」


 アレックスの状況や、今何が起きようとしているかは、見えぬのだ。


 国王陛下は、そう言うと私を真っ直ぐに見つめた。私は、その瞳を見つめ返し力強く顎を引く。


「息子のことが心配であるのは、間違いありません。ですが、今私が一番に知りたい事は、八百年前のこと。八百年前にあった出来事が、今再び起きようとしていると、私は考えております」

「うむ。ならば、その事を強く願え。さすれば湖は与えてくれよう。八百年前、ルーラの森で何が起こったのか」

「はっ!」


 国王陛下は小さく微笑むと、着ている物を脱ぎはじめ下着姿になった。


「先に向かうぞ」

「え!? あ!! ちょ、ちょっと!! す、直ぐ準備します故、お待ち下さい!! へ、陛下!」


 国王陛下は、湖の中へ入っていった。中心辺りまで行くと、国王陛下の口元まで水嵩があると分かる。

 私は急いで服を脱ぎ捨て下着姿になると、湖の中へ足を踏み入れた。

 冷たいだろうと想像していたが、冷たくは無い。むしろ、冷たくも熱くも無い。本当に水の中なのかと思うほど、水温を感じない不思議な感覚。

 私は国王陛下が立つ、湖の中心へ向かった。

 私より、若干上背がある国王陛下の口元までの深さである。私は顎を上げ、呼吸をした。

 国王陛下は水面から顔を出し、私に言った。


「ヒューバート、この水を恐れるな。身体を委ねろ。そして目を瞑り願え。其方が一番知りたい事を。私も元に居る。大丈夫だ。安心して、水の中に潜れ」


 その言葉に私は国王陛下を信じ、大きく息を吸い込み、水の中に潜った。


 目を閉じて、強く願う。


 今から八百年前、一体何があったのか。

 我が先祖であるルイス・ランドルフは一体何をし、そしてルーラの森は何を護っているのか。


 私の身体は水の中に居るはずだと言うのに、感じた。深く落ちていく様な感覚に驚きつつも、目は閉じたまま願い続けたのだった。

 

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