第76話 国王陛下との約束(ヒューバートside)


 結果から言えば、ラファエル殿は翼をキュッ縮め、首を低くする事で、ギリギリ、テラスから謁見の間に入る事が出来た。

 幸い、謁見の間は大広間でもあり、部屋は広く天井も高い。中へ入るとラファエル殿は、まるで人間が両腕を上げて伸びをする様に翼を広げ、軽くバサリとはためかせた。それに合わせて、柔らかな風がおきる。

 完全に人払いをされた謁見の間に、私は多少驚きつつも国王陛下に向かい膝をつき頭を垂れる。すると、隣でラファエル殿が座った気配を感じた。


「はははは! 翼ひと振りで、なんと気持ちの良い風を起こすことか!」


 玉座から立ち上がると、ゆっくりした足取りで近づいて来る。国王陛下とは歳も近いため、子供の頃から良く知っている。よく笑い、よく話を聞き、よく周りを見る。王太子殿下の好奇心の旺盛さは、この方から受け継いだものだろう。心根の優しい常に民を想い寄り添うお方だ。


 国王陛下はラファエル殿の前に立つと、跪き頭を垂れる。

 先ほど見た王太子殿下と同じ光景に、私は心の中で改めて、この国王陛下の元で働けた事を誇りに思った。


 上に立つ者として、そう簡単に跪くものでは無い。

 だが、この国の王族達は決して驕る事なく、神獣様に畏敬の念を持って接する。それは、自然魔力を相手に日々を暮す王族だからこそだろう。自然の力がどれ程のものかを知っている。人間がいかに無力で儚いかを、身を持って知っている。


 私は、この王族達の姿勢に敬意を持ち、この国のために尽力したいと、心から思うのだ。


 ラファエル殿に挨拶を終えた国王陛下は、私に向き直ると「まさか、ヒューバートまでもが神獣様と主従関係を持つとはな」と笑った。


「さて、時間もあまり無い事だ。早速、用件の内容について話をしよう。我が王家のみに伝わる文献が読みたい、という事であったな」

「はい、国王陛下。その文献には、八百年前の我が侯爵家についても書かれていると、王太子殿下から聞いております。門外不出である物と承知の上で、せめて、八百年前の出来事についてのみ、お教え願えないかと存じます」


 私の言葉に国王陛下は黙し、何かを考える様にある一点を見つめていた。

 暫くして、国王陛下の視線が私に向けられ、私は軽く頭を下げ視線を逸らす。


「神獣様と契約したのにも、その八百年前の出来事が関係していると、手紙に書いてあったな」

「はい、その通りでございます。私が知りたい事は、我が先祖であるルイス・ランドルフについてはもちろんの事、それより何よりも、一番知りたいことは、ルーラの森についてでございます」

「ルーラの森について、とな」

「はい、国王陛下」


 なるほど、と小さく呟くと、国王陛下はラファエル殿に近付き「神獣様に触れてもいいか?」と、突然申し出た。

 私は訳も分からず、はぁ、と呆気に取られ生返事をすると、国王陛下はラファエル殿の黄金色に輝く立髪を優しく撫でた。


「神獣様、少々主人をお借り致しますぞ。本来であらば、神獣様もご一緒にと言いたい所ではありますが、貴方は思いの外、大きく、今から向かう場所には入る事が出来ないのです」


 ラファエル殿は小さく「クォ」と息を漏らす様な声を出し返事をすると、私に『外で待っているぞ』と言い、ゆっくり立ち上がった。

 テラスの窓へ向かい躰を縮こませ、外へと出て行く姿を見届ける。


「では、ヒューバート。今から行く場所については、王族でも国王となった者以外は知らない部屋だ。其方が知りたい事については、余であっても持ち出しが出来ない物でな」


 国王陛下であっても持ち出しが出来ない?

 どういう事だ?


「……はい」と、疑問を持ちつつ顎を引く。


 国王陛下は私の返事を聞きひとつ頷くと「余は……」と、言葉を続けようとされた。しかし、ふと、言葉を止める。そして、何かを決意した様子で、先程までの国王としての凜とした表情から、さらに引き締まった表情で私を見つめた。


「いや。は、お前が子供の頃からの私の親友として、信頼をし教える。記憶忘却魔法は、この国では御法度だ。それは、国王である私も同様に」


 私はごくりと唾を飲み込み、顎を引いた。


「国王以外で知る者はお前だけとなる。この意味が、わかるな?」


 国王陛下の視線が私の奥深くを探る様に突き刺さる。民の前では「余」といい「私」とは言わないお方が、友として向き合い、絶対的な信頼を私に向けてくださっているのだ。


 私の全身が、身体の中の細胞が、震える。

 

 精一杯の気持ちを乗せ「はっ!」と返事をし頭を下げた。

 もし、私が外部へ漏らしたら、我がランドルフ家は跡形も無く消えてなくなる。この世に存在しなかったと言わんばかりに、全てが消える。


「覚悟は出来ているか」

「はい。今から見聞きする全ては、私の中でのみに仕舞い込み、事が終われば、全て忘れる所存にございます」

「うむ。その言葉、忘れるでないぞ。では、着いて来い」

「はっ!」


 気を引き締めて、自身に気合を入れるかの様に力強く返事をする。


 震える身体を懸命に動かし、国王陛下の後に続いて行った場所。


 そこは、玉座の裏手にある小さな隠し扉の奥であった。


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