第8章 嵐の前

第75話 王族の仕事(ヒューバートside)



 時は少し戻り---



 アリスが砦へ行き、間も無く二ヶ月が経つという頃。

 依然、アレックスの行方は分からずにいた。が、東の魔女の仕業である事は、間違いないと分かった事は、大きな前進だ。アレックスは間違いなく、バイルンゼル帝国にいる。だが、今は、ただただ生きている事を願うしか無い。どうにか生きていて欲しい。親としてだけでなく、元フィンレイ騎士団団長であったにも関わらず、そんな事しか祈れない自分を情け無く思う。


 今の私に出来るとこは、なんなのか。ほんの僅かでいい。何でも良いから、手掛かりとなる物が欲しい。そう思い、私はラファエル殿と契約をした翌日から、まず八百年前の出来事を紐解こうと行動を始めた。


 ラファエル殿がいうには、ルーラの森が大きな鍵となるとの事だった。


 だが、それ以上の事はラファエル殿は、とても辛くもどかしそうに『答えられないのだ』と言った。


 それは風の精霊王についても同様なのだと。

 あの森に棲むものは、それをよく知っているが、答えることが出来ない。そういった制御がされているのだ、と。そして、風の精霊王があの森を護ることも、八百年前からの定めなのだと言った。


 ラファエル殿は言える限り、出せる限りのヒントを私に与えようとしてくれた。時には、何か私に伝えようとして突然、全身を痛がったり、私には声が聴こえなくなったりもした。

 その瞳は、とても必死で懸命に伝えようとしている事が、私の心にしっかりと伝わってきた。

 これは、主従関係にあるからなのか。神獣様の心の機微が、私の物のように伝わって来る。これは、どうにかして紐解くしか無いと、私は国王陛下に王家のみに伝わる歴史書の開示を求めた。


 しかし、返ってきた返事は否。その答えは分かりきっていた。


 だが、今は諦めるわけには行かないのだ。息子のためだけでは無い。精霊王殿が私と神獣様を繋いだ意図を考えると、もっと甚大な被害が起こる前触れの様にも感じたのだ。

 神獣様の協力が必要なほどの、とんでもない何か、が。


 私は私の直感を捨て置く事は出来ない。ましてや、ラファエル殿が話を出来ない何かが、今起きようとしているのなら、ただ黙ってそれを待つなど、私には出来ない。


 私は文書ではなく、国王陛下に拝謁を願い出た。直接、事の次第を目と目を合わせて話さなくては伝わらないと感じた。多忙であるが故に今日明日は難しいとしても、急を要する案件である事を文中に書き記す。そして、私が神獣殿と契約を結んだことも。それだけ事態は深刻であると、伝えるために。


 拝謁願いを出して三日後。

 

 私はラファエル殿と共に、王宮へ向かった。


 私が神獣様と契約を結んだ事は、侯爵家に仕える者と、国王陛下、そしてごく一部を除き、まだ周知されていない。それもあって、ラファエル殿の背に乗って王宮へ向かった私は注目の的であった。

 王宮の者達は神獣様の姿をレオンで見慣れていはいるが、王宮の上空を飛ぶレオンよりも大きな躰に、驚き逃げる者もいた。

 王宮内にあるフィンレイ騎士団が使用する鍛錬場なら降り立つことが出来るだろうと、そこへ向かうと王太子殿下が待ち構えていた。


「ヒューバート!!」

「お、王太子殿下!」


 私は直ぐさまラファエル殿から飛び降り、跪く。


「ヒューバート、そう堅苦しくしなくて良い! 父上から聞いてはいたが、本当に神獣様と契約を結んだのだな! 神獣様と来るのなら、きっとここへ降り立つだろうと待っていたのだ! しかし、どうしたことか! ランドルフ侯爵家は一体どうなっているんだ!」


 王太子殿下は楽しげにそう言うと、こちらへ小走りで近づいた。直ぐさまラファエル殿の前に跪き、頭を垂れる。


「神獣様、お初にお目にかかります。私は、ジョシュ・ローガン・ブラッドリー・ガブレリアと申します。私が生きている間に神獣様にお目にかかれる機会が、こんなにも多くあるとは。恐悦至極に存じます」


 ラファエル殿の見上げると、姿勢正しく座り頭を下げジョシュ王太子殿下を柔らかな眼差しで見つめていた。


『ヒューバートよ。畏まらなくてよいと、伝えてくれ』

「王太子殿下、神獣殿が畏まらなくて良いと。どうか、頭をお上げください」


 その言葉を受け、王太子殿下は頭を上げラファエル殿を見つめた。


『長きに渡り、ガブレリア王国に流れる気を護り続ける者よ。我らはきっと、良い友好関係を築いていける。どうか、我らに力を貸して欲しい』


 ラファエル殿の言葉を王太子殿下へ伝えると、殿下は一瞬、顔を歪めその瞳に涙を浮かべた。


 ガブレリア王国は、自然魔力の流れが強くある。他国に比べて魔力のある者が多いのも、この国の土地柄とも言えよう。しかし、その事実を知る者は、ほんの僅か。王族の者以外で知るのは、騎士団の団長になった者と、魔術師団の団長になった者達だけに伝えられている。そしてその事実には、もちろん箝口令が出されており、口外できないよう魔法によるも結ばれる。その事実が他国に漏れれば、この国を狙い、あっという間に大きな争いとなるのは、目に見えているからだ。

 その事実を知られない為に、国王陛下をはじめ王族の者達は、この国全体に流れている自然魔力を常に一定の力に制御する役割を担っているのだ。騎士団に所属せず、魔術師団にも所属しない王族の者達は、何も知らない者達から「お飾り王族」と陰口を言われる事もあった。


「……神獣様が、王家が行なっている事をご存知であるとは……。ありがたき幸せ。もちろん、出来うる限りの事を致しましょう。さぁ、父が謁見の間で待っております。父は、神獣様とテラスから入るようにと。それなら、きっと神獣様も広間に入れると……。だが、アレックスの神獣様よりも躰が大きい故、テラスの窓から入れるものなのか……」


 そう言うと、王太子殿下は困った様に笑った。


 

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