第74話 鴉の城(セオデンside)



 フェリズ山脈・バイルンゼル帝国側ーーー


 私は鴉の姿のまま、真っ直ぐとある場所へ向かった。


 フェリズ山脈の麓から百ルード離れた場所に、標高の低い山がある。その山は、遠い昔に人工的に作られた山である。その山の下には、地下洞窟がある。


 一体何のために作られたか山なのか。


 それは、罪人を収容する施設として作られたのだ。元々は宮廷近くに地下施設があったが、夜な夜な恐ろしい「音」がするという声が方々から上がり、施設の場所を人里から離れた所へ作る事にした。当初、フェリズ山脈の麓へ作ろうとしたのだが、北の魔女にそれを阻まれ、山脈の麓から少し離れた場所へ作ることになったのだ。


 その際、いくら人里離れた場所とはいえ、旅人などが通らない訳ではない。そのため、外へ「音」が漏れないよう、山を作り地下洞窟を作ったのだった。


 今は、その施設は使われておらず、誰も近寄る者はいない、私の城だ。

 

 私は鬱蒼とした樹々を抜け、洞窟の入り口へ降り立った。何十羽とも分からぬ鴉が樹々の枝で羽根を休め、こちらを見ている。この鴉達は、この私の城を監視しているのだ。

 洞窟入り口には、鉄格子が設置されている。

 私は人の姿へ変化すると、腰にぶら下げている十本以上ある鍵の中から迷う事なく一本を選び、鉄格子にそれを差し込んだ。

 重い扉を開けると、ギギギギと錆び付いた音が森に響く。鴉の羽根をばたつかせる音、カァと鳴く声が重なる。


 私は中へ入り、扉を閉める。ランタンに火を灯し、僅かに傾斜がかかっている通路をゆっくり歩く。暫く真っ直ぐ進むと再び鉄格子の扉があり、鍵を差し込み開けて入る。ここから、道が二手に分かれている。

 微かに「呻き声」が耳に届く。呻き声の方面へ向かって歩みを進めると、下へ続く階段がある。おどろおどろしい声は次第に大きくなり、一つの個体ではなく複数の声が重なって響く。

 

 声が共鳴する様に響き渡り、私は眉を顰める。

 相変わらず、品の無い耳障りな声だ。


 突き当たりまで来ると、壁に埋め込まれた青く光る魔石に触れる。

 じわじわと赤い光が広がり、次第に夕暮れ色に染まり、空間全体を明るく照らし出す。呻き声が徐々に鎮まり、私はため息を一つ吐き出す。

 光に照らされたこの空間は、昔、罪人を収容していた牢がある場所。

 その牢には今、何百体もの魔獣が蠢いている。魔獣同士殺し合わない様に一体ずつ鎖を付け、互いに近寄れない様になっている。

 自由を制限された魔獣ほど、危険なものは無い。

 この夕暮れ色の光は、魔獣を従わせる様に「教育」をしている。この光が灯ったら、大人しくするとこ。従わないなら、それなりの「教育」をするまで。

 

 私は大人しくなった魔獣達を通り過ぎる。ここに居るのは、謂わば親だ。繁殖だけの為の魔獣。どの魔獣も、その種類の中で最も優れた体格、力がある。左右の牢から、魔獣達が大人しく私を見ている。が、どれも皆、じっとしてとても良い子だ。私の「教育」の賜物である。私の大事な子供達だ。私は小さく笑うと、更に奥にある空間へと向かった。


 鉄格子の扉を開け、中に入る。


 再び牢の部屋だか、ここにいる魔獣は先程の魔獣とは、ちと違う。ここに居る此奴らは、先程いた魔獣達を複製した魔獣だ。しかもダリア様の特製魔石を埋め込められており、更に能力が高まっている。そして、今から向かう部屋にも、別の子供達が居る……。


 私は更に奥へ進む。その空間は、他の牢のある空間とは、かなり変わった作りで異質だ。

 一体罪人に対しどう使っていたのか今となっては分からない、ガラス製の繭の様な作りをした巨大な容器が幾つもある。今では魔獣を育てる為の道具として使っているが……。

 容器の中には液体が入っており、その中で魔獣が丸まって眠っている。この容器の中にいる魔獣達は、。つまり、ガブレリア王国へ放って魔法陣を描く為だけの魔獣だ。強くも弱くも無い。あまり強くしてしまうと、魔法陣を描けなくなってしまう。これは、ガブレリア王国への私の優しさだ。だが、あまり弱くてもつまらぬだろうから、ほんの少しは戦い甲斐がある程度には狂化させている。強制的に狂化させた魔獣は、魔素を多く含む。その魔素の血が今回のダリア様の計画には、重要な役割を占めているのだ。

 私はうっとりとする様に、ガラス製容器に触れる。


「ダリア様のお力になれるとは、お前達はなんて幸運であろうか」


 何の返答もない液体漬けの魔獣。

 

 私は成長を早める為の投薬をしようと、薬剤が置いてある棚の前に立った。幾つか手に取ると、それを混ぜ合わせる。それぞれ透き通った色だった液体は、混ざり合う事で徐々に黒く染まっていく。向こう側が見えなくなるほど黒くなった液体を、それぞれの繭に繋がっているパイプ管から注入していく。


「さぁ、そろそろ目覚めの時間ですよ。私の願い通り、素晴らしい働きをしておくれ?」


 繭の様なガラス製容器の中に、薬剤が流れ込んでいく。容器の中が何も見えなくなる。容器がガタガタと小さく音を立てはじめたかと思うと、次第に音は大きくなる。ガタガタと揺れ出した容器の中は真っ黒で、何も見えない。容器の揺れが止まる。


 私は一つの容器に近づく。


 黒々とした中から、赤い光が2つ。


「目覚めましたね。良い子達だ。さぁ、早速、使命を与えましょう」


 三十頭はガブレリア王国へ放ち、もう十頭はランドルフの小僧を探させよう。日暮れを過ぎると、鴉たちではどうにも探せぬ。どうせまだ、そう遠くへは逃げてはおるまい。


 私は腰に掛けた鍵束の中から一つを選び、容器の蓋となる部分にそれを差し込み、開け放った。

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