第71話 全く緊張感の無い逃亡者(アレックスside)
僕が強く手を握ったからか、コレットは潤む瞳を瞬かせる。
「アリス様、本当に大丈夫ですよ? そんなに強く握らなくも、私は大丈夫ですから」
少し目元を赤くしたコレットが僕を安心させようと微笑む。健気な行動に、益々申し訳なく思ってしまう。
何か他の話題が……。と、思っていると、コレットの方から再び質問が来た。
「あの……アリス様は、その……ご、ご結婚されているとか……ご婚約者様とか恋人とか……想い人の方とか……そういう方は、いらっしゃるのですか……?」
耳まで赤くし俯き加減に訊ねて来た質問に驚いた。何故そんな事を? と思ったが、直ぐに合点がいった。
「いや、僕はまだ独身だ。婚約者も恋人も居ない。そういった事に、あまり興味が無いんだ。……コレットには恋人が居るのかな? ごめんね、勝手に手なんか繋いでしまって」
言うや否や僕は手をそっと離す。自分で離しておいて、何故か少し胸の奥が痛む。
だが、間髪入れずにその手を取られた。驚いて見下ろすと、真っ赤になったコレットが僕を見上げ、どこか必死な様子で答えた。
「私にも……! 恋人とか、そういう特別な人は居ませんっ。ただ……アリス様は素敵な方だと思ったから……手を繋いでいる事が、その人に悪いなって……思って……」
思いもしなかった言葉に、僕は瞬きを繰り返しコレットを見る。
「コレット? ……ふふ。君は優しいね。まだ出会って間もないのに、そう思ってくれてありがとう。心配しなくても大丈夫。僕にはそうい人は居ないから。つい、妹と繋いでいる感覚になってしまって申し訳ない。地上を歩いている間は、コレットはよくつまずくみたいだし? 良ければこのまま繋いでいても良いかな?」
笑いながら言う僕を、瑠璃みたいに青と金の混ざる瞳が見上げて煌めく。どんぐりの様に可愛らしい目の表情がレオンを思い出し、懐かしく感じる。
コレットは小さくコクリと頷くと再び俯き、段々と小さな手が熱くなっていくのが分かる。恥ずかしがり屋なんだな。こういう子は今まで周りに居なかったから、なんだか新鮮な感じがする。
「……妹さんは、まだ幼い子なんですね。アリス様はきっと、優しくて素敵なお兄様でしょうね」
あっ。しまった。なんか勘違いしてる。しかし、訂正すると話を逸らした意味が無くなる……。
アリスとは魔力交換や何かで今でも手を繋ぐ事も多く、当たり前のように言ってしまった。
「……うん、まぁ……。どう、かな……」と、とりあえず言っておこうか。
その会話以降、お互いピタリと会話が止まり、ひたすら歩いた。
僕はアリスを思い出していた。
あのお転婆は、今頃、絶対に何かしでかしている。きっと、もしかしなくても。絶対、レオンを巻き込んでいる筈だ。そう思うと、思わず目が据わる。
二人に念話をしたいが、今はコレットも居るし、念話はそれなりの魔力量を使う。万が一、東の魔女に僕の魔力を察知されたら逃げた意味がない上、コレットを危険に晒してしまう。
それでなくても、巻き込んでしまっているというのに……。
僕はふと、繋いだ手に視線を下ろした。アリスを思って据わった目が、柔らかく解れる。
繋いだ手が、何故こんなにもしっくり来るのだろう。
不思議な気持ち。
緊張感や焦りがあった筈なのに、この小さな手を取っていると落ち着いた気持ちが広がる。
アリスやレオンと同じ様に、どこか安心にも似た感覚。
彼女が何かを企んでいる様には思えない。
もし、騙されていたのなら、とんでもない魔女だと、僕は思った。
だけど……。
僕は僕の直感を信じたい。この子は、きっと僕を裏切らない。
アリス以外では感じた事のない感覚に、ふと本当にアリスが僕より幼かったり、僕らの下に妹が居たりしたらこんな感じなのかな、なんて思った。
目まぐるしく変わる表情は見ていて飽きない。実年齢を知ってもなお、幼なく見えてしまうコレットを、妹が出来たような気分で守る様にふわりと手を握った。
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