第70話 緊張感の無い逃亡(アレックスside)


 森の中を歩き始めて暫くして、青い実がなる木を見つけた。

 僕は初めて見る果実だったが、コレットが食べられる物だと言うので、興味が沸いた。


「これは、何と言う果実なんだ?」

「これは、この地域のみに生息している果樹でランフといい、梨の一種です。熟した物は甘酸っぱくて癖になる美味しさですよ」

「梨? それなら、少し時期が早くないか?」


 確か梨は夏の時期の果実だ。しかも、この果実はまだ熟されて無いのか青く、見た目も梨には見えない。


「この果実は寒さに強く、どんな気候でも育ちが良いんです」

「なるほど」

「一つ、食べてみますか?」

「まだ青いが、食べられるのか?」

「はい、この果実は、この色が熟した色なんですよ。熟す前は桃色の実なんです」

「へぇ、珍しなぁ。それを知らなかったら、桃色の方が熟していると思って食べてしまいそうだ」


 僕が珍しそうに眺めていると、コレットは小さく笑い声を上げた。


「きっと、あまりの苦さに驚くと思います」

「え?! 桃色は苦いのか? 益々珍しい果実だなぁ……」

「私はこれを潰して果汁を絞って、ミルクと割って飲むのが好きなんです。もちろん、そのまま食べても美味しいですよ」

「そうか。そうだな、じゃあ一つ食べてみようか。もし、好みの味じゃなかった時、持って行っても食べないだろうから」


 二人で青く熟れたものを捥ぐと、軽く袖で拭く。そして僕は、コレットが一口齧るのを見届ける。念のためだ。さりげなく魔力を流してみたが、毒は無さそうだった。、と、そう考える自分の思考に心が揺れる。そう思いたくない自分が、心の中にいる……。思考と心がチグハグで、僕は僅かに眉間に皺を寄せた。信じてみようと思って一緒に連れて来たくせに、なぜここでは疑うのか。チラリと彼女を見遣る。


 隣でコレットが嬉しそうに頬張るのを見て、不思議と心の中の何かが解れていく。

 コレットに倣い、僕もランフに齧り付いた。薄い皮が少し酸っぱいが瑞々しく、実はとても甘く柔らかい。種が多いが、食べ応えのある果実だ。梨というより、桃の様に果汁が口いっぱいに広がる。


「うん。果汁で手がベタつくのは難点だけど、味は美味い! 幾つか捥いでいこうか」

「はい!」


 食べ終えると、ベタつく手に浄化魔法をかける。コレットにもさりげなくかけると、すぐに気が付き、大きな目をぱちくりさせた。何か言いたげに僕を見上げたが、素知らぬ顔をして僕は果実をいくつか捥いだ。それをコレットが受け取り、斜め掛けにした自分の鞄の中に入れていく。


「鞄、重くない? 僕が持とうか?」

「えっ! いえ、だ、大丈夫ですよ! お、お心遣い、あああ、ありがとうございます」


 コレットは両手を左右に振りながら僕の申し出を断り、先に歩き始めた。

 僕は当たり前にコレットの手を取って繋ぐと、小さく「ひゃっ」と声がした。何事かと見遣ると、忙しなく瞬きを繰り返して俯いている。「どうかした? 大丈夫?」と顔を覗き込んだら「だ、大丈夫ですっ」とコクコク何度も頷いた。


 はて、何かあったか?


 そう考えていると、コレットは上目遣いで僕を見上げ、アリス様は……と、話しかけて来た。


「アリス様は、ご兄弟はいらっしゃるんですか?」


 唐突に始まった質問に、僕は答えられる範囲で答えはじめる。


「うん、兄が一人と、妹が一人」

「へぇ。三人兄妹なんですねぇ。私は一人っ子なので羨ましいです。きっと賑やかですよね」

「まぁ、ね……」


 これ以上、深掘りされるのも面倒だと思い、すぐさま話題を変える。


「そういえば、コレットには使い魔は居ないの?」


 全く別の話に変えた事に少し驚いたようだが、すぐに何事も無かったように話し始める。


「使い魔は、正式な魔女になってからじゃ無いと契約出来ないんです。だから、早く正式な魔女になりたくて……」


 あ、しまった。落ち込ませてしまった。


「あ……じゃあ、もし使い魔と契約となったら、どんな子がいい?」

「そうですねぇ……猫かなぁ。私のお祖母様には猫の使い魔が居て、私も大好きだったんです。だから、私もお祖母様と同じ猫ちゃんが良いです」


 明るい表情でそういうので、僕は思わず「お祖母様の猫さんは、コレットの使い魔にはなってくれないの?」という、ある意味での地雷を踏んでしまった……。


「お祖母様の使い魔……。シエラは、お祖母様が亡くなって暫して、突然居なくなってしまって……。寂しくて泣きながら何日も探し回りましたが、見つかりませんでした……」


 コレットは分かりやすく落ち込み、首を垂れる。不味い。泣かせたか?


「ごめん、余計な事を言って……」


 鼻を啜る音が聞こえたが「大丈夫です」と答える。


 いや、絶対大丈夫じゃ無いだろ?! あれ? 僕って、こんなに会話下手だったか? 令嬢を泣かせた事は記憶を辿る限り一度も無い……。


 情け無さと申し訳なさから、僕は思わずコレットの手を強く握ってしまった。


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