第69話 森の中へ(アレックスside)


 あまりに突然な事に、慌てて箒の柄を強く握る。

 地上に降り立つと、彼女は僕の手を取り森の中へ駆け込んだ。


「何かあったのか?」


 戸惑い訊ねる。

 彼女は口元に人差し指を当て「しっ!」と言い、直ぐに視線を空へ移す。

 その視線を辿る様に僕も空を見上げると、暫くして黒い鳥が一羽通り過ぎていった。

 通り過ぎても二人とも黙って空を見上げて、様子を伺う。大丈夫だと思ったのか、彼女が声を潜め話し始めた。


「さっき飛んで行った鳥はセオデン様の使いです」


 予想外の回答に「え?」と聞き返す。


「セオデンって……。東の魔女の屋敷にいた執事の事か?」


 コレットはひとつ頷く。


「セオデン様はダリア様の使い魔です。元々は鴉なんです。今さっき飛んで行った鴉は、セオデン様の気配を纏っていたから、見つかるといけないと思って隠れました」


 その言葉に、なるほどと頷く。

 あの奇妙な気配や独特な個性、得体の知れない男だとは思っていたが、使い魔だというなら納得だ。


「日暮れまで、飛ぶのは危険かも……。他の鴉に見つかると、きっと私達の事が伝わってしまいます。念のために気配を消す魔法を掛けますけど、日暮れまで地上から歩いて行きましょう」

「それなら、姿隠しの魔術も重ね掛けした方が良いだろう」


 そう言うなり、僕は僕と彼女に姿隠しの魔術を掛けた。


「これなら僕らお互いは見えるけど、他人からは見えない。もちろん、人だけじゃ無く鴉からもね。ただ、これで空を飛ぶと他の鳥にぶつかる可能性があるから、君の言う通り日暮れまで飛ぶのはやめよう」


 僕の言葉に驚きの表情で見上げてくる彼女に、僕は戯けて「僕も、少し魔法が使えるんだ」と人差し指で円を描く様にクルッとさせ、にっこり笑う。


「……少しじゃ無いと思う……」と、小さく囁く声が聞こえたが、聞こえない振りをする。


「じゃあ、行こうか」

「え、えぇ……」


 驚きから冷めやらない様子に、何も無いところでつまずく彼女に慌てて手を差し出す。戸惑いながら僕の手を見つめる彼女にクスリと笑う。僕は舞踏会でダンスの誘いをするようにお辞儀をし、再度手を差し出す。


「お嬢さん、宜しければ僕と森の中を散策しませんか?」


 その言葉に、僕の手と顔へ視線を何往復もさせた後、彼女は顔を真っ赤に染めて俯く。


「なんて、まるで緊張感が無いけど」と僕が言うと、楽しげな笑い声を上げて「ふふふ。喜んでお供します」と、小さな手を重ねた。


 小さくて柔らかな手を包み込むと、何だか昔からずっそうしていた様に馴染む。


「君は……」と言い掛けると、彼女が「あの、」と僕を見上げる。


「ん?」


 首を傾げ彼女を見ると、耳まで赤くして恥ずかしそうに「コレット……」と呟く。


「あの、出来ればコレットと呼んで下さい……。君って呼ばれ慣れて居ないから、戸惑ってしまうので……」


 そう言えば、僕は何故かずっと彼女を「君」と呼んでいた……。


「あぁ……なるほど。これは失礼。コレット嬢」


 コレットは更に顔を赤く染め「いえ! あの、ただのコレットで!」と慌てて言う。


「あはは。わかったよ、コレット。では、僕の事も貴方ではなく、アルと呼んでくれる?僕の家族や友人は、僕をアルと呼ぶんだ」


 さっきは咄嗟のことで、本名を教えてはいけない気がしてアリスと名乗ったが、やはり違和感がある。愛称なら良いだろうと思って伝えたが、コレットは意外な返答をしてきた。


「……そんな……まだアリス様をよく知らないのに愛称で呼ぶのは……難易度が高いです……」


 難易度? 難易度とは、なんだ?

 そんな事を思いつつ、顔を赤くしているコレットに対し、思わず笑みが溢れる。


「ふふ。それじゃあ、ただのアリスで良いよ」


 上目遣いで僕を見ると、小さくはにかみ恥ずかしそうに頷く。その仕草が愛らしいなぁと思いつつ、思わず「良い子だね、コレットは」と、軽くぽんぽんと頭を撫でる。頬だけでなく、耳まで赤い髪と同じくらいに染まる様子を見て、僕は小さく声を出し笑った。


 その時、僕の中にポンと何かが生まれた気がしたけれど、それが何なのかこの時の僕には分からなかった。


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