第68話 脱出と善き魔女(アレックスside)


 僕は急いで着替えをした。

 クローゼットの奥に剣もちゃんとあった。前に見た時は無かった筈だ。奪われていてもおかしくないと思って諦めた筈のものが、今目の前にある。だが、そんな細かい事を考えている余裕はない。ここにあるという事は、どうせあっても何の役にも立たないと踏んで、セオデンが置いていたのだろう。

 とにかく僕は自分の剣を手に取った。何か細工がされていないか、念のため魔力を流し込んでみるが、特に変わった様子は無かった。


 魔女が何を思って僕を捕らえたかは分からない。僕の魔力が高い事も分かっていた筈。なのに、部屋の中から出られない様に施した術のみで、僕は制限無く魔術が使えた。

 

 僕は部屋内部に防音魔法と幻視魔法を掛ける。

 クローゼットの中に潜り込むと、身体強化魔法を掛け、深く呼吸を一つ。片脚を上げ……。


「……せぇ……のッ!!」


 ドゴッ!!


 ガラガラと音を立てて崩れ落ちる瓦礫と共に、僕は躊躇なく飛び降りた。



 風魔法、翼。



 風が僕の身体を包み込む、浮遊力が生まれる。フワッと降り立つと、視線の先にコレットと名乗った赤髪の魔女がしゃがんで隠れた姿勢のまま瞳を大きくしてこちらを見ている。


 僕は手を伸ばして「行くよ」と言うと、彼女の瞳は輝きを増し、僕の手を取る。

 立ち上がると、随分と小さかった。

 遠目から見ても少女の様だと思っていたが、正面に立つと僕の頭一つ分程低く、その小ささは際立った。

 アリスが僕と同じくらいの高さである事は別としても、ガブレリア王国の令嬢でももう少し高い。

 そんなどうでもいい事に驚いていると、彼女が箒に跨り「乗って下さい!」と言ってきた。


「えっ、僕が乗って大丈夫か?」

「大丈夫です! 私の後ろに。しっかりと掴まってて下さいね!」


 僕は躊躇しつつ箒に跨ると、彼女は爪先で地面を軽く蹴る。


 一瞬ふらついてヒヤリとしたが、直ぐに立て直し浮上しながら前進していく。


「……すごいな……。箒で飛ぶのは初めてだ」


 レオンとはまた違う感覚だ。久々の飛行に笑いながら言うと、彼女は驚き「怖くないのですか?」と訊ねてくる。


「あぁ、大丈夫。僕もガブレリア王国では飛行を少々嗜んでいからね」


 敢えてレオンの事は伏せる。彼女を信じてみようと賭けてはみたが、そうは思っても全てを明け透けにするのは危険だ。


「この国では、魔法が使える人は殆ど居ないんです。魔力を持っていてもランプを付けられる程度。空を飛ぶだなんて……話には聞いた事はあったけど、やっぱりガブレリア王国って凄いんですねぇ……」

「こんな事、聞いていいのか分からないけど……。君は何故、正式な魔女では無いと言ったの?」


 飛行しながら、彼女は自分の事を話し始めた。

 まず、少女だと思っていた彼女は十八歳で僕と一つしか違わない事に必要以上に驚いてしまった。「もっと年下かと思った」と正直に言ってしまい「よく言われます……」と、若干、落ち込ませてしまった……。


「でも、とても可愛らしいと僕は思うよ」と、素直な感想を伝えると、飛行が急に乱れた。僕は咄嗟に彼女の身体を抱え込む様にして、箒を握り体勢を立て直す。


「へ!? あああ、ありがと、ございます……」

「うん、大丈夫?」

「は、はい……」

「それから?」

「え? あ、はい。それで、私の家は代々魔女の家系で……」

 

 僕が話を促すと、彼女はすぐ気を取り直し、話の続きをはじめた。西の魔女のこと、お祖母様のこと、魔女になる為の儀式のこと、十八歳になったらその儀式がある筈だったこと、そして……。


「私たち魔女には、医者の役割もあります。風邪薬や皮膚病の薬はもちろん、腰痛に効く薬、滋養強壮の薬、安眠の薬……他にも色々。ダリア様は薬学にとても詳しくて、私も子供の頃、先生をしてもらっていました。以前はもっと東の民とも仲良くて、東の地域はとても活気のある町が多かった。でも、ダリア様が変わられた……」


 小さな背中がしゅんと肩を落とす。


「変わった、とは?」

「……下を見て下さい」


  地上を見下ろすと、荒れ地が広がっている。


「以前、ここは花畑でした。とても見事な花畑でした。年中、色とりどりの花が咲き誇っていたんです。ダリア様は花がお好きな方で、いつもこの地を綺麗にしていたんです。東の民たちもこの場所が好きだった。あの奥に四阿があるのが見えますか?」


 彼女が指差す方向へ視線を向けると蔦が絡み寂れた白い建物が見える。四阿にしては少し大きく、舞台の様にも見えるが舞台としては小さい。どちらにしても荒地には削ぐわない随分と可愛らしい四阿だ。


「ダリア様が東の民の為に作ったんです。あそこで結婚式をする人も大勢いたんですよ。貴族しか教会で結婚式を挙げられないからって、ダリア様が色々と作ったんです」


 何とも意外な話だ、と思った。あの魔女がそんな事をする様には到底思えない。


「私のお祖母様がまだ元気だった頃、この地域一帯に大きな竜巻がおきました。四人の魔女の力で災害は最小限に抑えられたけど、今思えば、ダリア様が変わり始めたのもその頃だった様な気がします……」


 竜巻が?


 不思議に思った。

 この国に連れて来られてから、国全体を覆う様な結界魔法が掛けられているのは感じていた。結界魔法は魔獣除けだけでなく、大きな自然災害から守る結界魔法もある。この気配は、どちらかと言えば後者のものだ。それだけに、この結界内で竜巻が起きる事が不思議でならなかった。


「ダリア様はとても明るくて優しい方で、誰とでも挨拶をなさる気さくな方でした。私のお祖母様が亡くなった時も、ダリア様は私がまだ幼くて魔女の責務を担うには若すぎると言って、私が十八歳を迎えた時に継承の儀を行おうと言ったんです。自分から言った事だからと、その頃は西の地域も守って下さった。でも、数ヶ月前の事です……。私が十八を迎える直前……誰が見ても分かるくらい、ダリア様の様子がおかしくなった。誰も寄せ付けなくなり、笑顔も無くなって、お屋敷から外に出る事が少なくなって……。最近では、町で会って挨拶をしても冷たい視線だけで応えてくれなくなったって、東の民たちが言っていたわ。花畑の花もどんどん枯れて、今では荒地になって魔獣もよく出るようになったんです。西の地域も魔獣除けの魔法は掛けられているけど、それも最低限の魔法で、狂化した魔獣が現れたら保たない。南の魔女がダリア様に不信感を持ち始めてから暫くして、ダリア様の良くない噂が流れ始めたんです」

「良くない噂?」


 と訊ねたと同時に彼女は「あっ!」と短く声を上げて、急下降した。

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