第67話 あなたは……(コレットside)


 彼は何を知っているの?

 貴方は一体、誰なの……。


「……なぜ?」


 微かに手が震える。

 何が起きようとしているの?

 ダリア様は、どうしてしまったの?


 彼は暫し黙り込むと、真剣な面持ちで話し出した。

 その言葉は、最近耳にする悪い噂や南の魔女の言葉が真実である証明だった。


「僕はガブレリア王国の人間だ。君の言うダリアという魔女に、拐われてここに囚われている。この部屋は特殊な作りになっていて、この窓枠に僕は触れる事が出来ない。それでも逃げ出す為に今日まで機会を窺っていたんだ。その時期が来た。今から僕はここを出て、ガブレリア王国へ戻る。だから君も、もうここから去るんだ。僕とこうしているのを誰かに見られたら、きっと君も巻き込まれる」


 彼の話は、不思議とストンと心の奥に落ちた。

 何故か全てを信じられる。そう感じた私は思考より先に、口が動いた。


「私……。私、貴方を助けてあげます!」


 綺麗な青紫の瞳が揺れる。信じられない者を見るように見開き、瞬きを繰り返す。

 

「フェリズ山脈までの道のりは、この国の者である私の方が詳しいです! それに、ダリア様の行っていることは、他の魔女も疑いを持っていたの。貴方の言葉を、私は信じます。だから、手助けをさせてください!」


 彼は暫し固まったまま私を見詰めていが、ハッと気が付いた様に「駄目だ! 君は何を言っているんだ!?」と首を横に振る。


「いいかい? これから何が起こるのか僕にも予想が付かない。僕はこの国の人間では無いから、君に万が一の事があっても助けてあげられないんだ」


 穏やかで柔らかなアルトの声。その声が、私を説得する様に語りかける。


 それでも私は……。


「平気です! だって、私は魔女だもの。私は自分の事は自分で守れます! それに、私は知りたいの。今、一体何が起きようとしているのか。ダリア様が変わってしまった理由が何なのか……。この目で確かめたい。だからお願い。私に貴方を助ける手助けをさせてください!私、きっと役に立ちますから!」


 自分でも不思議だ。どうして何も知らない初対面の彼を助けたいと思うのか。

 ただ、分かることは一つ。


 今、彼と別れてしまっては駄目な気がした。


 お祖母様が言っていた。魔女の直感は必ず当たる。だから、どんな些細な感も見過ごしてはいけないと。

 私は彼と共に「行かなければいけない」と、私の心が叫んでいる。それを初対面だからと、無視は出来ない。


 彼は美しい顔を顰め考えていたが、直ぐに顔を上げ私を見詰めた。

 ダリア様と同じく魔女である私を、疑っているのかも知らない。それでも、私は強く願った。


 お願い! 私を信じて!


 その心が伝わったのか、彼は何かを決意した様な凛々しい表情で小さく顎を引いた。


「わかった。では、頼む。二分で用意する。下で隠れて待っていてくれ」


 そう言うなりレースカーテンを閉め、部屋の奥へ消えた。

 彼の指示に従って下へ降りると、垣根の陰に身を潜める。

 彼はどうやってあの部屋から出るつもりなのか。窓枠に触れられないと言っていた。確かに、あの部屋にはダリア様の魔術が微かに感じ取れた。何の術かまでは読み取れなかったけれど、きっと【幽囚の魔術】だ。

 となると、彼がそう簡単に出られるとは思えなかった。


 だから、まさかこんな風に空から降って来るとは、思いもしていなくて。


 本気で美しい天使が舞い降りたかと、私は思った。


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