第66話 西の魔女(コレットside)


 ダリア様のお屋敷へ行くと今日も不在だと言われて、セオデン様も不在で門前払い。


 前触れ無しで来れば、逃げられる事も無いだろうなんて思って来てみたものの、前触れが合っても無くて同じ結果だなんて、本当にツイてない。


 最近のダリア様は、昔と随分変わってしまった。あまり良くない噂も耳にするし、私が子供の頃は、もっと優しくて接しやすい方だった。なのに、最近のダリア様はとても同じ方とは思えない程、冷たくなって近寄り難くなった。他の魔女達からも、あまり関わるなと言われたけど……。

 けど、私が正式な魔女になる為には、ダリア様にも魔女会議に出席してもらわないと……。


 落ち込む心を励ます様に胸に手を当て深呼吸をし、箒を構えて帰ろうとした。

 が、ふとあの人を思い出し、こっそり庭へ回った。

 

 三階の角部屋……。

 先日来た時に見えた位置から見上げてみたがレースカーテンが閉まっており、彼の姿は見えない。

 ダリア様もセオデン様も、あの方も不在なのね。

 そう思って帰ろうとしたが、目の端に動くものが見えた気がして再び顔を上げると。


 居た!あの方だわ!


 彼は悲しそうな苦しそうな表情で遠くを見つめる様にして外を見ている。

 私は彼の視界に入りたくて、大きく手を振った。

 何度か手を振ってみたが、彼の瞳が私を向く事はなく、その目がそっと伏せる。窓辺から離れて行ってしまいそうな雰囲気で、慌てて箒に跨がり浮上すると、踵を返そうとしていた彼が外の気配に気付き、再び窓辺に顔を向けた。そして突然目の前に現れた私を見て、その美しく輝く瞳で私を捉えた。


 近くで見る彼は、目を見張る様な端正な顔立ちで驚いた表情すら素敵。

 この国ではあまり見ないホワイトブロンドの柔らかそうな髪。瞳は菫青石を思わせる青紫で、見詰められると目を逸らせない。


 全身に火が付いたのではと思うくらい熱くなり、顔が火照っているのが自分で分かる。

 彼は驚いた顔で瞬きを繰り返すと、ふと後ろを振り返ってから直ぐに窓辺に近づいた。


「こんにちは。僕の声、聞こえているかな?」


 声まで素敵っ!


「こ、こんにちは! えぇ、ちゃんと聞こえています!」


 私の返答に彼はふわりと微笑み、一つ頷いた。その微笑みに心臓がドンっと大きな音を立て、箒から手を滑らせてしまいそうになり、私は慌てて体勢を整える。


「大丈夫?!」

「え。えぇ、大丈夫です……ありがとう……」

「……君、一か月前に、この庭にいた子、だよね?」


 私を覚えてくれていた! たった数秒目が合っただけなのに!


 私は嬉しくて恥ずかしくて、何度も首を縦に振り「えぇ、そ、そうです!」と答える。


「私の名前はコレット。……貴方は?」

「……僕は、ア……アリスだ」


 アリス様! なんて素敵なお名前かしら! 女性の名ではあるけど、この方にピッタリだわ!!


 そう一人心の中で思っていると……。


「……君は、魔女なの?」


 疑問形で訊ねる彼に、私は彼がこの国の人では無いと確信した。この国では箒に乗って飛ぶのは魔女のみで、ローブを着るのも魔女である証であり、子供でも知っている事実。

 何故、他国の人である彼が、こんなにも長くこの屋敷に居るのだろうかと、ふと思った。


「はい。私はこの国の魔女です。と言っても、まだ正式な魔女では無いけれど……。貴方は、この国の人では無いですよね? 何故、ダリア様のお屋敷に?」


 青紫の瞳が揺れる。私を信用して良いかを見極める様な視線に、再び心臓が早鐘を打つ。


「……君はもう、此処へ来ては駄目だ」


 唐突に放たれた言葉に、理解が追いつか無い。

 え? もう来るなって言ったの? 何故?


「この屋敷の主人は、よからぬ事を企んでいる。巻き込まれる前に、逃げるんだ」

「え……?」


 彼の言葉に、南の魔女の言葉が重なる。


『東の魔女が、皇帝と手を組んだようだ。もしそれが本当であれば止めなくては……。次の魔女会議までに私は情報を仕入れるつもりだ。コレット、あまりダリアに関わるのでは無いぞ?』


 南の魔女の言葉、そして目の前に居るアリス様の言葉に、私は僅かに震え出したのだった。


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