第65話 チャンス(アレックスside)
僕がこの部屋に囚われ、間も無く二か月になろうとした頃。突如チャンスは訪れた。
魔女が出掛ける姿が見えたのだ。
魔女とはまだ面会出来ていないが、この屋敷に居る時と居ない時では、外の気配が違う。一か月以上、窓の外からの風景のみ眺めて居ると、僅かな気配や行動が目に止まる様になる。主人が居る時の使用人達は人形の様に決まった動きのみを規則正しく行動する。居ない時の彼等は、どこか寛いだ様子で綻びが見える。主人を相当恐れているのか何なのか。
僕はこの二か月近くを、ただ囚われていただけでは無い。逃げる為の準備も行って、この時をひたすら待っていた。
僕はこの部屋の中でのみ魔術が使える事を逆手に取って、部屋に防音魔法を施し、クローゼットの中の壁に穴を開けている。
防音魔法を掛けているとはいえ、派手にガンガン音を鳴らしたりドンと爆破する訳にも行かない。地道に壁を削っているが、そろそろ抜け出せる程度になって来た。外からは何も変わらない壁である必要がある。外壁を薄く残す様に慎重に行ってきた。
後は壁を蹴り破れば脱出は出来るだろう。
その時期をずっとずっと待っていた。
セオデンは毎日不規則に出掛けているが、セオデンが居ない時は魔女が、魔女がいない時はセオデンが屋敷にいて、二人共が居なくなる事がほぼ無い。
たった一度、二人が出掛けている事があり、その時は、この計画を思い付いたばかりで抜け出すには準備ができておらず、諦めた。
そして今日。その時が突如としてやって来た。こんなに長い事、ここに滞在するとは思いもしなかったが。
僕は窓辺に近づき、魔女が箒に乗り飛び去った方角を見つめた。一羽の鴉が魔女に纏わり付くように飛んでいく。
屋敷の気配が変わる。
屋敷内に二人が居なくなったと感じた僕は、魔女の姿が見えなくなるまで外を見つめた。
あの先は、フェリズ山脈だ。
間違いない。
バイルンゼル帝国の歴史書と共に地図も頭に入っている。
僕は山脈の向こうに思いを馳せる。
窓辺から離れようとした、その時。
窓の外に、人が居たのだ。一瞬、目を疑ったがって二度見した。
以前、セオデンと言い合いをしていた赤髪の子が、浮いている……!?
僕は部屋の出入り口に向かって防音魔法を掛けて、窓辺に近寄る。
以前、外の会話が聞こえたのだから、念話は無理でも声は届くだろうかと、僕は思い切って声を掛けてみた。
「こんにちは。僕の声、聞こえているかな?」
彼女は瑠璃の様な蒼い瞳を大きく見開き、小さく頷く。
「こ、こんにちは! えぇ、ちゃんと聞こえています!」
僅かにではあるが、僕の耳にはしっかり聞こえる。良かった、そう思って微笑むと、彼女が急に手を滑らせ落ちそうになる。
「大丈夫?!」
慌てて声を掛けると、「え。えぇ、大丈夫です……ありがとう……」と恥ずかしそうに顔を赤くして微笑む。
「……君、一か月前に、この庭にいた子、だよね?」
彼女が再び大きく目を見開き、何度も頷く。
「えぇ、そ、そうです! 私の名前はコレット。……貴方は?」
一瞬、真名を名乗って良いものか迷った。だが、僕はアレックスと言い掛けて、直ぐに思い止まった。
「……僕はア……アリスだ。……君は、魔女なの?」
僕の質問は、おかしなものだったのか。それとも、やはり名前に違和感があったのか。彼女は一瞬、呆けた顔をして瞬きを繰り返す。
「はい、私はこの国の魔女です。と言っても、まだ正式な魔女では無いけれど……。貴方は、この国の人では無いですよね? 何故、ダリア様のお屋敷に?」
正式な魔女では無い……。あぁ、そう言えば、前にセオデンにも魔女会議で認めて欲しいとかどうとか話していた。ダリアの名前を知れた事で、その話はすっかり忘れていた。
だとすれば、彼女はダリアの企みは何も知らない筈だ。ここで巻き込む訳にもいかないし、僕もそろそろ脱出しなくては。
色々聞きたいことがあるが、今は時間がない。
ひとまず僕は、彼女をダリアから離れさせなくてはと思った。
「……君はもう、此処へ来ては駄目だ。この屋敷の主人は、よからぬ事を企んでいる。巻き込まれる前に、逃げるんだ」
彼女は戸惑った表情で僕を見詰める。
「……なぜ?」
僕は思い切って、自分の状況を手短に話すことにした。
彼女なら大丈夫。
そんな気がしたから。
ただの直感。だけど、僕は僕の直感を信じる事にした。
そんな僕の話を聞いた彼女は、僕の予測していなかった言葉を返した。
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