第64話 綻び(ダリアside→後半セオデンside)


「もう間も無く完成しますねぇ。ダリア様」


 セオデンは薄気味悪い笑みを浮かべながら私に言った。


「そうね……。あと少しで、あの森も、あの国も。全て私の物になる……。セオデン。ランドルフの坊ちゃんは、まだ開眼しないのかい?」


 紅茶を一口飲み、セオデンに訊ねる。


「えぇ、まだその気配は見られませんねぇ」

「ちゃんと薬は飲ませているのだろうね?」

「はい。栄養剤だと言って毎日朝食時に出しております。毎日空になっておりますから、飲んでいるかと」


 飲んでいるなら、間も無くか……。魔法陣が完成すると同時かも知れぬなと思うと、私は可笑しくて仕方なくなり、笑い出す。

 

 ふと、自分の目で魔法陣の状況を確認したくなった。


「セオデン、今からガブレリアへ向かう。魔法陣が美しく出来ているか見てみたい」

「畏まりました。お供致します」


 椅子から立ち上がり、窓辺へ近づく。

 忌々しい程に晴れやかな空。これが間も無くどす黒く染まるのだと想像しただけで、笑いが込み上げる。


 帝国は私が味方だと思っているが、私は違う。誰の味方でも無い。私は私の欲しい物を、の為に、手に入れるだけ。


 ガブレリアもバイルンゼルも、全て私の物にする。


 今度こそ、必ず私と、の物に。



☆☆☆



 ダリア様と共にフェリズ山脈からガブレリア王国のリバーフェリズの森を眺める。


 まだ陽が高く天気も良い事もあり、近寄り過ぎるとガブレリア側に気付かれる可能性もある為、ダリア様は離れた場所から望遠の術を使い眺めている。

 お美しい横顔に思わず見惚れていると、愛しい声が私の名を呼ぶ。


「セオデン」

「はい、ダリア様」

「……魔獣は何頭ずつ放っている?」

「魔獣でございますか? 各場所に二十頭程を目安に放っております」

「今夜、三十頭放て」

「三十頭で、ございますか? 少々多くはございませんか?」

「……魔法陣の色が薄い。これだけ大きな陣だ。やはり血が足り無いのだろう。魔石を用意する。手配出来るな?」

「はっ。仰せのままに」


 私は森を見下ろした。


 確かに、薄い。気配そのものも薄くは無いだろうか。狂化した魔獣の血が大量に滴っている大地の筈だ。通常の魔獣と変わらない色味なのが気になる。

 討伐専門のフィンレイ騎士団は魔術に長けていると聞くが……。

 まさか……。


「ダリア様」

「なんだ」

「少々気になる事がございます。早急にあの男の魔眼を開眼させる方が宜しいかと」


 冷たく刺す様な視線が向けられる気配に私はゾクゾクしながらも、頭を下げて返答を待つ。


 「直ぐに帰って、ランドルフの坊ちゃんに会おう」

「ダリア様?」

「少々乱暴にはなるが、私が開眼の手助けをする」


 形の良い赤い唇がニヤリと笑う。その様を見て、私は身震いをするほど興奮する。あの男はなんて羨ましいのだ。ダリア様自ら手を降されるとは、何という幸運。私があの男に成り代わりたい程だ。


「帰るぞ」


 私の興奮を他所に、ダリア様はさっさと箒に乗り去っていく。


「はっ! お、お待ち下さい!」


 私は慌てて姿を変え、追いかける。


 黒羽根の鴉。それが私だ。

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